8月2日
10:00
西荻窪の自宅を女房の運転する車で出る。一時すごいスコールとなる。竹橋まで高速道路が混む。やがて雨があがり、空港に近づく頃には青空となり入道雲が出る。
12:50 成田空港着。
13:55 KE703便にて成田発。ようやく機上の人となる。予期に反して何故か気が弾まない。旅をするのがおっくうな気さえする。
16:05 ソウル着。空港は非常に蒸し暑い。出発前のあわただしさもあって疲れた。人参ドリンクを買って飲む。KE903便に乗り換える。
18:50 ソウル発。隣の席の金髪婦人が盛んに話しかけて来る。なんでもお父さんが2年前からソウルで英語の先生をしており、韓国の人と結婚をしている。以前は台湾に住んでいたのだが適当な仕事が見付からず、韓国へ移った。中国語も勉強をしており漢字も書ける。そのお父さんが病気になったと聞いて飛んで行った。もう殆ど回復したので、主人と一人息子がキャンピングカーで旅行中のドイツへ追いかけて行くところだ。彼等は私がまだしばらくは韓国に居ると思っている筈だから、突然帰ったらびっくりするだろう。お父さんの韓国での奥さんの親類にはシャーマンが居る。その人をビデオに撮った。ソウルには2週間ほどいた。海へもよく泳ぎに行った。アジアは初めてなので興味が尽きず、帰りたくなかった。父はまだ米国籍である。韓国へ行ったら会ってやって欲しい。などなどと続く。ソウルから約4時間でバンコックに着く。

8月3日
02:30 JEDDA着。飛行機は約1時間空港に停まっていたが、機外に出ることは許されない。その間、ウイスキーなどアルコール類は一時預けとなり、離陸するまでは機内でも一切飲めない。空港の撮影も禁止である。開いているドアから顔を出してみたところ、外は意外に涼しく湿けも少ない。ここで乗務員が全員交替するとのこと。
 空港で働いている人は全員髭面だ。髭の下にはアジアとヨーロッパ人のミックスしたような顔がある。頻繁に出される機内食に胃がもたれる。日本時間にすると深夜2時半の夕食に、やっとサンドイッチひと切れを口にすることが出来た。左隣のヨーロッパ系の中年の男性はベジタリアンとのこと。なんと宗教的な理由からではなく、9年前から急に肉が嫌いになったからだという。JEDDAからの機内食には菜食者用のが用意されていないので、彼は食事に手が付けられない。
08:50 ZURICH着。ZURICH空港駅でミュンヘン行き列車を約2時間待つ。三ッ峠のゲレンデで何度か一緒に登ったことがある若い女性の人が大きなザックを背にして、ご両親らしい人と駅構内の雑踏の中を急いでいるのが見えたので後を追ったが見失う。
 長椅子で所在なくしていたら、アメリカのマイアミで学校の先生をしていて、6週間ある休暇を利用して帰国している、というご婦人が話し掛けてくる。ニューヨークから22時間もかけてやって来たのだという。EQUATEUR(エクアドル)のブィムサレに行った時に貰った、という面白いハットを見せてくれる。この地方では、8月はいつも天気が悪いのだが今日はめずらしく快晴だとのこと。またスイスでは汽車賃が高いので、車を利用する人が多いのだそうだ。ZURICHからGARMISCHまでの急行列車運賃は89フラン(約8000円)だった。
11:00 発。
12:00 GOSSAUで乗り換える。スーパーで買ったワイン1瓶、パン3ケ、ソーセージ2本、チキン1/2、マスタード、それにジュース2本を取り出して、おもむろにワインの栓を抜こうとしていたところ、車掌が来て「ミュンヘンへ行く人は、まもなく到着する次のGALLEN駅で乗換えて下さい」と言う。一杯にひろげた食べ物をザックに押し込みながら、あわててホームへ飛び出す。しゃれた帽子を被り、にこにこ顔の、感じの良い車掌さんだった。オーストリア側の国境の町MARGRETHENでは、取り締り官がたった一人で列車に乗り込んで来て、パスポートのチェックをやった。ドイツ国境のLINDAUでも、もう一度チェックを受ける。列車には冷房設備が付いていなくて、とても暑い。車窓に見えるボーデン湖の水は、よく澄んでいて、ごみなどは見当たらない。湖畔は、まるで海水浴に来ているかのようなスタイルの人で一杯だ。キャンピングカーあり、ビーチパラソルやマットありで、カラフルだ。
 GALLENよりの列車の客室は6人掛けのコンパートメントからなっている。若い女の子一人と登山の恰好をした人相の悪い男二人が一緒だった。ふたり組はLINDAUで降りた。女の子は何も食べる様子が無いので、マンゴーをひと切れあげるとサンキューと言って笑顔を見せてくれた。ボーデン湖以外にはこれといってカメラを向けたくなるような物はない。最近日本に入り込んで来て、盛んに繁殖している、ひょろ長くて頭の黄色い草(せいだかあわだち草/俗名ぶた草)があった! このエイリアンめ! ここからやって来たのか!
 MUNCHENに約10分遅れて到着する。GARMISCH行の列車に乗り遅れるかもしれない。目当ての列車を探すが、なかなか分からない。尋ねようにも駅員が見当たらない。あわてたが、やっとGARMISCHと書かれたプレートを見付けて飛び乗る。この列車にも冷房が付いていない。日射しが強くて、暑い。廊下に出て、カメラを手に何か良い被写体は無いものかときょろきょろしていたら、入れ墨のお兄ちゃんがやって来て、親切に「コンパートメント側の方が景色がいい」と教えてくれる。折角だがそちらの方は逆光なのだ。それに廊下側の方には、これから登ろうとしているZUGSPITZE山が見えるのだ。『もっともZUGSPITZEはオーストリアの山だから、ドイツ人としてはつまらない山なのかもしれないな』と変な憶測をする。部屋へ戻ると、同室している不愛想な顔付きの男がわざわざ窓を開けてくれて、写真を撮りなさいと勧めてくれる。仕方なくシャッターを切る。
18:30 GARMISCH駅に着くと早速案内所へ行き、宿の紹介を頼んだところ、「駅では宿泊の案内はしていない。この時間では町へ行っても、どこの案内所も閉まっているだろう」と言う。仕方がないので当てもなく町外れの小高い方へ登って行く。2、3それらしい建物があったが気に入らなかったので、さらに10分ほどチロル風の家が並ぶ坂道を登って行くと『PENSION PANORAMA』と書かれた小さいがしゃれた感じの宿があったので入る。さいわい英語の話せる奥さんがいた。ベッドが3つ付いていて、廊下を使わずに外へ直接出られるようになっている、小奇麗な部屋が空いていた。何はともあれ、先ずシャワーを浴びて汗を流し、ようやく人心地つく。なにしろ、めちゃくちゃに暑い汽車に6時間も乗って来たのだ。飲みそびれて持ち歩いて来たワインを部屋に置いてある冷蔵庫に入れて冷やす。ペンションの庭に作られた屋外レストランからの眺めのすばらしいことといったら無かった。秀麗なチロルの山並が、ぐるりと見渡せるパノラマ台だ。明日登る予定のZUGSPITZE峰も見えている。絵葉書の中にいるみたいだ。陽が傾いてきて、涼しくなり、さわやかな風が心地よい。あんなに暑かったのが嘘のようだ。20:50になるとランタンに灯りがともるが、まだ空も山も明るい。ウエイトレスは、みな乳牛のようなボインだ。尋ねると笑顔で山の名前を教えてくれる。思わず生ビールのお代わりを何度もしてしまう。HOME MADE GULASH SOUPの味は格別だし、ポテトもなかなかいける。ただ、サラダにドレッシングがかかっていらず、塩胡椒のみとは惜しいなあ。それにしても大分前に注文した鱒料理がまだ来ない!
21:30 ようやく日が暮れる。部屋は近いのだが、いささか酩酊して足元があやしくなり、やっとの思いでベッドに辿りつく。ワインは冷えているのだろうが、もう飲めない。

8月4日
05:00 起床。食事前に町へ出て散策をする。チロルの家の壁にはカラフルな模様がきれいに描かれていて、見てて楽しい。窓の外に付けられているプランターには必ずと言っていいほど花が植えられている。朝見るZUGSPITZE山群の姿もなかなかのものだ。農家から牛が3頭カウベルを鳴らしながら出てくる。ひつじもピョンピョンとうれしげに跳ねながらこれに続く。通りがかりのチロリアンハットのおじさんが、私になにやらあいさつの声をかけてくれる。外国の旅の朝を実感する。
08:00 朝食。ペンションの奥さんから「ZUGSPTZEに登るには09:15発のバスに乗り、EIBSEEからは汽車で行くほうがよい。ケーブルを使うのはあぶないから止しなさい」とのアドバイスを受ける。この宿にもう一泊することにして、軽量化のために必要なものだけを入れたサブザックを持って行くことにする。少し迷ったが、ワインを置いていくのに忍びず、水の代わりに水筒に入れ、それらしい場所へ行ったが、EIBSEE行きのバス停が分からない。ほかのバスを待っているおじいさんに尋ねたが、知らないらしい。そのおじいさんも、間もなくやって来たバスに乗り込んでしまった。近くに尋ねる人が見当たらない。思案していたところ、少し走り出したバスを止めて、運転手がわざわざ私の所まで駆け寄ると、「君の探しているバス停はあそこだよ」と近くに見える教会を教えてくれた。きっとあのおじいさんが話してくれたのだ。急いでその教会へ行ったが、時すでに遅し、3分前にバスはでたばかりだった。
10:00 やむなく汽車の駅まで行って、10:35発EIBSEEまでの切符を買う。30分ほど時間があるので、宿で聞いた駅の近くにあるという山道具屋を探しに行ったが、見付からない。
10:32 発車ぎりぎりに駅に戻り、汽車に乗ろうとしたところ「定員になったので、この列車にはもう乗せられない。次は11時だ。」と言う。大分粘って交渉したが、埒があかない。憤慨して切符をキャンセルし、タクシーでEIBSEEまで行く。
11:00 EIBSEEでも待ち時間が惜しくて、鉄道の駅からまたタクシーに乗ってケーブル駅まで行く。
12:00 ZUGSPITZEケーブル頂上駅から、さらにケーブルでSCHNEEFERNER HAUSまで降りてから、クライミングを始める。ジュクジュクしたいやな氷を、だましだまし登る。
13:00 SCHNEEFER KOPF(2,874m)まで登り、そこからGATTERAL(2,024m)まで行こうとしたが、垂直の壁の下降を必要とする深い谷にはばまれて断念する。仕方がないので尾根づたいにZUGSPITZ BAHNを経由してZUGSPITZ山頂ケーブル駅に行くことにする。どうも様子がおかしい。多分間違えてMUCHNER HAUSの方へ来てしまったのかもしれない。山形の分かりやすいZUGSPITZ山の方にルートを変更して進んで行くと、ナイフリッジをトラバースすることになってしまう。リッジの上は鋭角に尖っていて、跨いで歩けるようなしろものではない。リッジに手をかけて、レイバックのスタイルで蟹の横ばいをするしかない。人が通った形跡は無く、足元は脆くてぼろぼろだ。冷汗をかきながら、そろりそろりと進む。あたりは静かだ。はるか眼下の、なだらかな斜面にひろがる緑の草原に、ひつじや牛が放牧されているのが小さく見える。のどかなカウベルの音もかすかに聞こえて来る。いやなことになったと後悔したが、今更引き返すわけにはいかない。かえって危険だろう。『このような平和な場所で陰惨な死を迎えるのかな』という不安が少し頭の隅をかすめる。気を静めながらなんとか乗り切る。『いやー疲れた』途中で喉がからからになり、頭がぼーっとしてきたが、水筒にはワインしか入っていないのには参った。だがうまいことに、ザックの底にすももが1個あったので、むさぼるように齧る。旨さが全身に滲みわたった。
15:00 ケーブルの駅近くで、ようやく人に出会う。ドイツ語しか通じないのでよくは分からないが、尋ねたところ、どうもトンネルを抜けるとGARMISCHに行けると言っているようだ。兎に角行ってみよう。トンネルに入ると中は冷たい氷のドームだ。よく滑って何度も転ぶ。20分も歩いたのだろうか、随分長かったように感じる。(後で知ったが、これはドイツからオーストリア領へ抜けられる800メートルの国境トンネルだったらしい。)
16:00 やっと抜け出したら、なんとそこはSCHNEEFERNER HAUSのケーブル駅ではないか! 水やジュースやビールを浴びるように飲む。
17:20 ケーブルでZUGSPITZE山頂駅経由EIBSEEへ行き、30分ほどのスケッチをしてから17:50のバスでGARMISCH-PARTENKIRCHENへ帰る。山道具は現地で調達すべきだとの助言に従って、日本からはあまり持って来ていないので、本格的な登山を始める前に、どうしてもここで手に入れなければならない。宿で教えてもらった店が見付からなかったので、山頂のレストランに居た山男風の人に尋ねたところ、『あのバス停のある教会の近くにある』と言って地図に印を付けてくれた。宿へ帰る前に重い足を引きずって探し廻ったが、どうしても見付からない。INNSBRUCKへ行くしかなさそうだ。新調した登山靴は少し当たるが痛くはない。この分なら大丈夫だろう。日中は素晴らしい快晴であったのに、午後の6時ごろからおかしくなってきて、すこし振りだしたと思ったら、夜9時頃には雷を伴ったすごい雨となる。そのすさまじい雨量に耐え切れなくなって、宿の屋外レストランにある日除け用のテントが壊れてしまう。わずか40~50メートルほどしかない自分の部屋に、傘をさしても帰れないほどになってしまった。

8月5日
05:39 起床。今日も雨だ。これでは登れない(ほっとする)。INNSBRUCKへ登山用具を買いに行こう。昨日は本当に緊張したし、疲れた。おまけに雨に濡れて下着までびしょびしょになってしまった。洗濯をして乾かしていたものまで濡らしてしまったので着替えが無い。身体のあちこちが痛む。右の奥歯まで少し痛い。昨夜は何も手をつける気力が無く、荷物をそのままにして寝てしまった。これからパッキングをしなければならない。
08:00 朝食
08:20 東京の会社とようやく電話連絡がとれる。留守中、特に問題は起きていないようだ。
08:25 PENSIONの人達とお別れをする。
09:03 列車でINNSBRUCKへ向かう。
09:30 - 11:03 迷ったが田原さんご推薦のMITTENWALDで途中下車をする。バイオリン作りの町として有名な所なのだそうだ。雪の残っている高い山の麓にある小さいが落ち着いてきれいな町だ。観光客も結構来ている。木彫りの物を売っている店が多いが、その中にとてもいい顔をしたマリア様が目についた。これからの旅程を考えて、一番小さいのを選ぶ。
12:00 INNSBRUCK着。冬のスポーツで知られた大きな町だ。例のインベーダー(せいたかあわだち草)が群生している。駅の案内所で、最寄りのペンションを紹介してもらう。歩いて30分ほどの所だった。
13:00 すぐにHAFELEKAR山(2,334m)へと向かう。
13:26 INNSBRUCKより、ひとつめの駅HUNGERBURGからケーブルカーに乗る。途中下車して山腹のレストランで食べたグラッシュスープとパンの昼食がとてもおいしかった。また、食事をしながらINNSBRUCKの町や緑の遠謀も楽しめた。
14:30 ケーブル頂上駅着。山頂は近かったが、折りからの雨で頂上の名を記した標識以外何も見えない。
15:00 下山。クライマー風の人に山道具屋を教えてもらう。
『WITING』と言うのだそうだ。INNSBRUCKの旧市街は写真で想像していた通りの町だ。屋外に出されているテーブルに着いて、いかにもヨーロッパ風のしゃれた町並や、行き交う人達を眺めながらコーヒーを飲んでいると、なんだかリッチな気分になる。ここにも日本人団体観光客が多い。『WITING』を捜し当てて、これからの山行に必要なピッケル、ザイル、カラビナ、シットハーネス、ヤッケなど約1000米ドルほど買い込む。ヘルメット 819シリング、ピッケル 1395シリング、ザイル 1598シリング。(1シリング=約11円)本当にヨーロッパは安いのかな? やはり日本から持って来た方がよかったのではなかったのかな、と思ったりする。これからはいよいよ荷物が重くなる。教えてもらったHERZOG通りのレストラン『DOWN TOWN』でビーフステーキを食べる。なるほどおいしいが顎がおかしくなるほど固い。サラダは思い切り沢山ついていた。ビール、スープ、ヌードル、200gのステーキとサラダで195シリング。道具も買ったし、明日からはいよいよ予定通りの登山が出来る。ガンバロー。だが、疲れが相当溜まっている。
21:00 まだ早いが、我慢出来ずベッドに飛び込む。

8月6日
 2時に目が覚める。暑い。窓を開けて外の空気を入れる。身体のあちこちが痒い。ちいさい蚊がいるようだが見付からない。「疲れたなー」足に消炎軟膏を擦り込む。身体がだるくて熱っぽい。
05:00 起床。パッキングを始めるが荷物が多すぎて、LOWAの海外遠征用特大ザックにも入り切れない。苦闘約2時間、なんとか押し込む。ただし、本は全部捨ててポリタンはウエスト・ザックに入れ、ヘルメットやインスタントラーメンは手に持つことにする。
07:30 朝食。
08:00 あわてて宿を出て、08:20駅に駆け込む。
08:39 WORGL行きの列車にやっと間に合う。これで今日中に山小屋に着けそうだ。
09:40-10:04 WORGLで乗り換える。KUFSTEIN方面行きの列車が分からず、駅構内の階段をあちこちと、何度も登ったり降りたりする。 11:20 KUFSTEIN着。食糧は十分持って行くようにとの日本での助言に従ってスーパーでハム、パン、バター、チーズ、みかん、桃などをたっぷりと仕入れる。歩く。暑い。へとへとだ。『俺は、なんでこんなことをしているのだ』と、つい考えてしまう。
11:50 EBBS KAISERTAL登山口(496m)着。水があった! 冷たくておいしい! 木陰の草むらにどっかりと座り込んで昼食休みとする。日向が暑いのでうんと涼しく感じる。一時雲行きがあやしかったが、晴れ間が見えてきた。
12:20 出発。
13:18 たまたまあったPFANDELHOF(738m)の小さな店でオレンジ・ジュースを買って飲む。
14:55-15:12 HOUS BERGER HOUS(936m)
15:50 1266m。25キロ(?)もあるザックが重い。後から来た裸でナップサックのみという、うらやましい出たちの3人組に軽く抜かれる。
16:00-16:15 一本いれる。
17:20 山小屋を目の前にして小休止。STRIPSEN JOCH(1577m)が優しく手招きをしているようだが、思うように身体が言う事をきいてくれない。
18:30 ようやく山小屋の前に立つ。小屋番に「どこかの登山クラブに入っているのか」と聞かれたので、日本語の都岳連身分証明書を見せたところ、OKという。田原さんが言っていた通りだ。これで宿泊費のクライマー割引が受けられるのだそうだ。シャワー付きのりっぱな個室だ。日本の山小屋とは大分違う。もっともここ迄なら、距離はそこそこあるけれども軽装で来れるから、泊まり客の殆どは普通のハイカーのようだ。食糧をかなり担いで来たというのに、ちゃんとしたレストランがあるではないか! 早速ビールで一人乾杯をする。世界一旨いビールだと思った。グラシュスープとポテトとサラダ。それに食べ切れない程の量のスパゲティー、全部で132シリングであった。
20:00 疲労困憊のため、早く寝ることにする。掛け声をかけてやっと上段のベッドに登れた感じだ。

つづく

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岩つばめ 285号 目次