トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ160号目次

谷川岳マチガ沢~天神尾根
井上 貞雄

山行日 1962年4月23日
メンバー 井上

 満開に桜咲く水上を過ぎ、残雪に輝く山々を窓越しに眺め俄然ファイトが湧く。早朝5時、列車が土合に着くとホームはスキーヤーとハイカーで賑わう。警備隊本部で登山者カードに記入してマチガ沢へと向かう。出合では無数のテントを見送って左に曲がればマチガ沢の雪渓が怪しいまでに輝いている。S字状と呼ばれる大滝付近から左に支流の一の沢の雪渓に取付き傾斜面を登る。朝の太陽に白銀が眼に痛む。迫力漲る斜面を登ること2時間、西黒尾根近しという所でクレバスと共に雪の緩みに出合って緊迫感を覚えて左に大きくトラバースする。
 一気に突き上げようと思ったところが場所悪く、ブッシュに突っ込み悪戦苦闘する。キスリングは木の枝に引っかかり、ピッケルは邪魔になる。更に深雪とあって腰まで潜って泳ぐ。ここで貴重な時間を1時間半も無駄にして登り詰めた所がまるで見当が狂って、ラクダのコブ左鞍部に出たのが9時30分とは意外とかかったものだ。
 雪に埋もれた憬雪小屋を左に見送り、快晴の西黒尾根を快適に登れば高度は捗る。右眼下のマチガ沢本谷をアタックする何人ものパーティが黒蟻のように最後の登りに取次いていた。幸いにラッセルは深くできているので体力の消耗は感じない。
 のんびり登って、やがてザンゲ岩を過ぎ、突き破られた雪庇から顔出せば素晴らしい風景に感激。頂上に着いたのが11時近いとは全くのんびり登ったものだ。早速めしにありつき、自然美を観賞しながらスケッチせずにいられない。とにかく無風快晴ですからね。いや全くご機嫌です。残雪に輝く山々を眺めここでの食事はまた格別。天然の冷蔵庫に缶ジュースを冷やし、喉を潤すその気持の良さよ。グッときますね。全て感激的な存在。
 頂上で知り合った岳友三人と同行。トマの耳からオキの耳に登ってパノラマを楽しみ、カラー写真のシャッターを切ることに余念がない。ここでの眺望は日本一と言っても大げさではあるまい。丹沢山塊に魅力を持ち、惚れたこともあったが、いかなる丹沢君もこの谷川岳にはかなうまい(丹沢の主、宮坂殿には申し訳ないが)と自慢するのに自信があるのです。その美しさ、過去谷川岳に四季を通じて登ること連続7回の実績を持つ僕は優しく愛す美貌の山と呼びたい(魔の山というキャッチフレーズを付けたのは一体誰だろう)。憧れの山、谷川岳に僕は再び立っているのだ。
 郷愁ある谷川岳に未練を残し別れを惜しみ、午後0時40分頂上を後にして一行四人は下山に向かう。天神尾根への雪斜面はグリセードに格好のゲレンデである。滑落停止など雪上訓練を繰り返し、尾根へのラッセルを見つけると尻餅をついた体勢で幼稚に返って滑り台といく。
 実に快適。やがて尾根が左手天神峠にカーブする地点に新しく赤い鉄製の小屋が建てられ(去年10月22日の時、建設中だった)、雪面から微かに赤い屋根が覗かれる。この上を歩いて行くのだから、いかに残雪豊富であるか豪雪地帯を物語る。
 途中、アイスクリームを作って遊び、ここでもグリセードの練習をして2時45分天神平に着く。土合口まではロープウェイを利用したが3時の列車に間に合わず、次の汽車で無事帰京した。

〈コースタイム〉
土合駅(5:10) → マチガ沢出合(5:55) → S字状(6:10) → 憬雪小屋(9:40) → 頂上広場(10:50) → オキの耳(12:25) → トマの耳(12:45) → 赤い小屋(13:20) → 天神平(14:45) → 土合山の家(15:30)


トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ160号目次