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早春の尾瀬
有山 和美

 戸倉の里に山桜の咲き競う頃尾瀬は冬の眠りに就いている、雪の三平平を越えると蒼く澄んだ湖水も今は一面雪氷に覆われている頃の燧岳への道は格好なアイゼン訓練場となる。一歩一歩ステップを切って登れば次第に視界も開け緑に萌える両毛の山々、白銀に輝く上越、会津の山々が対象的に映える。
 至仏の長いスロープには雪煙を上げて春スキーを楽しむグループが後を絶たない。日本海よりの灰色の雲が燧を越えて幾度か里の花の時期に尾瀬に雪をもたらせる。雪の日、囲炉裏を囲んでの山の話。檜枝岐村の珍しい話は時が過ぎるのも忘れ、話はランプの灯る頃までも続く。陽射しが次第に和らぎ、一日一日と沼畔の氷雪が融けて大きな浮氷を作り、次第に小さく分離してゆく。この時期の日の出、日の入りは尊厳そのもので神苑の名に恥じない。
 沼から燧一面が真紅に燃えて刻々とその色を変えていく。自然の美しさが心の中に一つの自己を創生させる。
 大江川の畔の雪が融け水芭蕉の芽が日を追って増してくる時、三条の滝を訪ねる。日本一の水量を誇る滝は雪代を集め、滝口の両岸に虹をかけ、女性的なこの地にあって唯一男性的な轟を上げて落下している。
 温泉小屋の湯に浸りながら春の訪れを感じる時、尾瀬ヶ原一体は一面の白いカーペットを敷いたように水芭蕉の花が咲き揃う。ようやくこの頃になるとハイカーという名の都会人がケンタ路を往来し、尾瀬は唯の観光地になる。しかし、人は言う『尾瀬は神苑であると』。
 富士見峠のコブシの花に送られて里に下ればもう初夏である。
ー次回は小島康明君にー


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