山行日 1963年4月27日~28日
メンバー 宮坂
誰も参加者はなかった。新松田で御殿場線に乗り換え、谷峨駅から独り歩き始める。清水橋から酒匂川沿いの道に入るとトラックの騒音は消え、ただ川音のみが不気味に聞こえてくるのだった。友達はトランジスタ・ラジオから流れてくる深夜放送である。
神縄で小休の後、山神隧道を過ぎ、玄倉の吊橋を渡り小川谷山荘がある。もう2時半なので泊るほどでもないので50m先の河原付近にある炭焼かまど跡でシートを敷いて一眠りする。
5時半起床。食事をして6時10分出発。小割沢、弥七沢と渡って小登りするとビバーク地点から1時間弱でヤブ沢のほとりに着く。ここから箒沢へ越える間道と分かれて幅広い尾根を登るようになる。
石棚山で箒沢よりの道(板小屋尾根)を合わせるともう立派な尾根の登り下りとなる。石棚山から北上へ下った鞍部では、うららかな陽射しなので一人旅の気安さと寝不足のため2時間近くも寝込んでしまった。
白崩の頭、手白の頭と越えて檜洞丸の山頂に着いたのは1時近かった。蛭ヶ岳寄りの北側に青ヶ岳山荘が見えている。昔はブナの巨樹に囲まれた静かな山頂だったが、今は大勢の登山者で賑わっている。
熊笹から大コーゲ、小コーゲと犬越路に着く(3時半)。小休の後、中川方面へ向かって下りにかかる。今ではコシッパ沢をそのまま下るのではなく、途中から右に捲いて一ノ沢出合へと下っている。途中で登ってくる女性三人連れに遭った。聞くと箒沢山の家は満員で断られたとのこと。檜洞まで登るつもりらしかったが、犬越路を神ノ川側へ下ると神ノ川ヒュッテのあることを教えた、しかし僕は困った。泊るつもりの山の家が満員では...。だが親爺の田中さんは何とかしてくれるだろう。箒沢山の家に着いたのは5時。田中さんの計らいで離れを貸してくれたので、のんびりと寝ることができた。
4月28日
朝7時出発。昨日の道を陽木沢まで引き返し白石峠へ向かう。沢筋から高みへ登り、左へ捲いて次の沢へ入る、魚留の滝上から傾斜が緩くなり1時間足らずで白石峠に着く。
1年前に来た時は雨で止むなく大室越えをしたが、その時も今日と同じ計画だった。水晶沢の頭へ向かっては笹が茂っていて押し返されたのだった。今はきれいに刈り払われていて極めて楽な下りが続いていた。水晶沢の頭、蛇ヶ口丸、バンキ沢の頭と越えて畦ヶ丸への分岐点であるモロクボの頭までは、たった1時間半である。ここから畦ヶ丸山頂までは約25分。山頂は展望も何もない森林の山である。肩まで引き返して大滝峠へ下る。約30分くらいの楽しい下りである。鬼石沢へ向かって下ると一軒家(無人)があり、大滝橋までは峠から1時間と一寸だった。中川温泉ではバスを待つ人々の大行列が続いていた。
4/27 | 谷峨駅(23:45) → 神縄(23:50) → 玄倉(0:40) → 小川谷出合(2:30~6:10) → ヤブ沢(7:07) → 石棚山(9:30) → コル(9:50~11:30) → 檜洞丸(12:50~13:30) → 小コーゲ(14:27~15:00) → 犬越路(15:30) → 陽木沢出合(16:40) → 箒沢山の家(17:00)(泊) |
4/28 | 箒沢山の家(7:00) → 陽木沢出合(7:20) → 白石峠(9:15~9:35) → 水晶沢の頭(10:00) → 蛇ヶ口丸(10:30~10:45) → バンギ沢の頭(11:05) → モロクボの頭(11:30~12:25) → 畦ヶ丸の肩(12:45~13:05)(山頂往復) → 大滝峠(13:40) → 鬼石沢(一軒家)(14:15) → 大滝橋(14:55) → 中川温泉(15:20) |