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荒川岳~赤石岳(偵察及び荷揚げ)
小沢 正美

山行日 1963年11月3日~5日
メンバー (L)小沢、山本、牧野、風間(石岡山岳会)

11月3日(晴)
 身延からの奈良田行き初発は2、3パーティ10余人を乗せたのみで空いていた。新倉にてバスに待っていてもらってバス停前のガソリンスタンドにてガソリン(20リッター)を補給し、田代入口で下車、吊橋を渡ればここより南アのアプローチの長さをじっくり味わされる。特大のキスリングの重荷が肩に食い込み苦しい。発電所を左に見送ってしばらく紅葉に染まった沢沿いに登れば、道は沢から離れてきつい傾斜のジグザグを繰り返し、いささか後悔しながらもこの尾根に喘ぐこと2時間、やがて熊笹が現れ、やっとの思いで峠に立てば千枚、赤石岳が夕空に黒々と浮かぶ。峠より遥か下方の大井川へ向かってガタガタと小1時間の下降が続き夕闇迫った二軒小屋に着く。
11月4日(晴)
 満天にキラキラ星の輝く午前4時、天幕を飛び出し月明かりを頼りに大井川に架かる吊橋を渡っていよいよ荒川岳への急登が始まる。ヘッドランプに照らし出された先を行く仲間の山靴が耳元で向きを変える急なジグザグ道で落葉がカサカサと森林の静寂を破る。1ピッチ、2ピッチ、振り返れば東天も白み始め、ひんやりした風が頬をなぜる。
 やがて伝付峠も眼下になれば急登も終わって、森林帯のコブを2、3越えるとカンバの林に変わって右手に塩見岳、コウモリ岳のなだらかな山姿が見られ、正面には千枚沢の崩壊を隔てて赤石、上河内岳が現れる。
 8時、千枚岳の三角点を踏み一息入れ先へと急ぐ。千枚岳より悪沢岳への稜線が奥西河内北沢へ鋭く切れ落ち、ぼろぼろの痩せ尾根でわずかの距離ではあるが冬期はショッパそうだ。岩礫と這松のなだらかな万助の頭を抜け、広い岩稜をゴマ塩を撒いた如く、かすかに雪を付けた悪沢岳へ急ぐ。9時15分、悪沢山頂に立つ。赤石、聖岳が眼前に迫り南アの山々、中央、北アルプスの峰々もはっきりと指呼できる。軽い昼食の後、荒川岳へと慎重にコルに下り、だだっ広い山稜を前岳へ登る。2、3の記録でも皆冬期は夏の縦走路は避け、前岳より大崩壊壁に沿って下っている。スパッと切れ落ちた壁に沿ってのガラガラの岩稜で真新しい赤色の標識も立てられていて、格好のACサイトは決まった。
 急峻な悪沢岳への登りでゆっくりと引き返し、晩秋の3,000mの山頂とは思えぬほど、ぽかぽかと暖かく風がなく悪沢岳大休止。心ゆくまで南アの展望を楽しむ。既に紅葉も終わってうず高く積もった落葉の尾根道を西日を背に受け、二軒小屋へと下る。
11月5日(曇のち雨)
 冬期合宿用物資を燃料、食料、天幕、その他とまとめパッキングし、正月までの2ヶ月間の管理を浜田屋のじいさんに頼んで9時過ぎ小屋を出る。ワンピッチ、峠を乗越しガタガタ下れば雲行きも怪しくなりポツポツと降り出し、それっとばかり雨の中を新倉へと急いだ。
 ルート偵察により危険箇所摘出、BC、Acサイトを確認、更に物資の背反を荷揚げしたことにより本山行を終わった。

〈コースタイム〉
11/3 田代入口(9:00) → 尾根取付(13:15) → 伝付峠(15:15) → 二軒小屋(16:30)
11/4 小屋発(4:00) → 塩見平(7:00) → 森林限界(7:15~7:30) → 千枚岳(8:05) → 悪沢岳(9:15~9:45) → 中岳(10:30~11:00) → 東岳(12:00~13:00) → 二軒小屋(15:40)
11/5 小屋発(9:40) → 伝付峠(11:00) → 新倉(13:35)

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