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ガンゴー新道~天神尾根
井上 貞夫

山行日 1963年10月22日
メンバー 井上、他

 枯葉を踏みながら暗い山道を歩くうちに夜が明け、樹々が真赤に染まって美しかった。眼下に湯桧曽川の渓流が白く清らかな音を立てているのを眺めながらマチガ沢出合に着くと深いガスがはりつめていた。何十回と訪れたこの山道は歩いていると郷愁が蘇ってくる。旧国道と分かれて左手のガンゴー新道に入り、沢状の石コロを踏んで行けば始めの緩い道も段々きつくなり、やがて見晴台を過ぎてコースが左へカーブすると両側にシャクナゲが並木のように現れ、初夏にはシャクナゲが咲き誇り、別名『石楠花林道』と呼ばれる所だ。この道も良く開かれ、実によく踏まれ気持ちの良いコースである。ガスのため展望が利かないのが残念だったが、一度ガスの中にシンセン岩峰が眺められた時には同行の後輩が大変感激してくれた。また大滝の水音が冷たく聞こえてくる。コースは終始山肌を捲くように行くが一汗かく所で濡れた岩に注意しつつ登り、岩肌の緑の苔が美しく光っている。途中、楽しい食事を済ませ、鎖場を6ヶ所過ぎれば眼前が開けて西黒尾根に飛び出す。濃いガスで何も見えない、憬雪小屋を覗くと屋根も窓もなく、息子をこの山で失い今後の登山者のために建ててくれた市川市の石井さんが気の毒に思えた。尾根を登り出して間もなく気温が下がりみぞれ混じりの雨となって、緊張しスラブにさしかかると雪になり、ガスは依然深い。ファイターの彼はハッスル、スリルを味わいながら頂に立てば結氷した灌木が厳しい冬の訪れを告げていた。山はもう一足先に冬の到来を迎えていた。肩ノ小屋で小屋番と話し込み、再びトマの耳に立てばまるで太平洋の真ん中で船に乗っているのと同様一面のガスで何も見えない(それでも飽きずに40分ほど立っていた)。ただ雪の降る静けさを満喫した後、例によって天神尾根を駆け下り、下界に近づくにつれみぞれから雨になりうんざり、峠にさしかかるとグシャグシャの道となり、ぬかること著しい。天神平からはロープウェイで下山。ゴンドラより眼下に見た紅葉、黄葉の景観はさすが見事でした。


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