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南アルプスに思う
牧野 盛治

 北アルプスの象徴が雪渓と岩であるならば南アルプスは渓流と原生林と言えよう。北アの『動の山』に対して『静の山』と例えた人がいるが、けだし的を射ていると思う。
 人によってその好みは異なるが私は南アの持つ雰囲気が大好きだ。確か、最初に南アに足を踏み入れたのは3年前と記憶する。甲斐駒の山頂に立って南方に延々と連なる山脈に心を躍らせて以来魅せられ続けてきた南アルプス。それの内蔵する母性的な愛情に浸り、大自然の息吹を身近に感じる時、南アの良さをしみじみと味わうのである。それは原始的なもののみが持つ吸引力からくるのかも知れない。或いは、そういうものを通して古人に憧れる私達の郷愁からかも知れない。ともあれ北アの持つあの登高欲のスリル感等を得られる所は南アでは少ない。むしろあるのは暗い地味な重量感のみで、ただ黙々と歩くしかないのである。その持っているスケールの大きさもまた格別なものであろう。
 目的の山に着くまで何回となく登降が繰り返される。それだけに自然との闘いである前に自分自身と戦わねばならない。そしてそれを達成した喜びは、それに比例して大きくなってゆくのである。そしてこれこそハイキングでもない、クライミングでもない、山登りそのものなのである。
 南アに登ることによって山の良さを良さを初めて知ると言っても過言ではない。それ程大自然の魅力を備えている。
 しかし、時代の推移は山の中まで波及してきた。今年から広河原までバスが入るという。北岳への日帰りも可能になってくると同時に必然的に自然破壊の可能性も伴ってくる。南アを登山の対象として愛する者にとって悲しいことである。いずれ南部にも波及してくるであろう。我々はただ知らず知らずのうちに『今のうちに』という感情を身に着けてゆくのである。これは誠に悲しいことである。願わくば自然のままの状態に保って欲しいということは無理な注文であろうか。


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