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初山行
牧野 盛治

 自分で提案しておきながら、早速自分に回ってきたリレー随筆。墓穴を掘った感じだが、いずれは書かなければならないもの。
 僕が高校生の頃だったから、今からざっと8年前のことになる。紅顔可憐な純情無垢な姿は今でも変わりないが、やはり年は取ったもの段々記憶が薄れてきたが、それでも初山行ははっきり覚えていて8年という時間を感じさせない。場所は奥多摩川苔山、いつ頃だったか紅葉も終わった10月頃か、あるいは新緑の4月頃か覚えはない。前日はさながら小学生が遠足に行く夜みたいに有頂天になり、何度も寝床から起き上がっては新品の登山靴を磨いては枕元に置いたものだ。若かったのである。チャチなリュックを肩に学校へ出かけ、鼻高々に仲間たちに見せ歩いたことも今では懐かしい。小雨降る中を先輩たちと池袋に出かけ、吾野からバスを乗り継いで、真暗な道を懐中電灯の深利だけを頼りに恐る恐る有間林道を有間小屋へと向かった。その静けさは都会の騒音に馴れた僕を戸惑わせ息を詰まりそうにさせたことを覚えている。そして彼方に小屋の灯を見つけた嬉しさも忘れようがない。
 着いた小屋の夜もまたしかり。タコ入道のような小屋のオヤジの話に耳を傾け、あるいは仲間たちと笑い転げ、歌いあった静かな夜は非常に印象に残っている。また、オヤジが出してくれた山芋を醤油をつけてバリバリ喰った美味しさも愉しい。いざ寝る段となって布団を敷き、仲間の一人がゴソゴソ何をしているのかと思って見ると、何とズボンの寝押し。大笑いしたことでは今でも語り草になっている。
 あまりにも静かなためなかなか寝付かれず、ランプの灯に群がる虫を見つめ、思わず笑いが込み上げてきたのである。小屋の一夜でしみじみ山の良さを感じ、それが今もって山ヤを廃業せずにいる発端なのである。
 翌日、明るい陽射しと小鳥の声に眠りを覚まされ、小屋主の親しげな笑顔に飛び起きて、蒸されるような煙の中で今まで味わったことのない清々しい朝食を腹に詰め込んだのである。
 一度この小屋にも訪れてみたいと思っているのだが、実現できずにいるのは残念なことである。
 名残が尽きない小屋を後にし、ひたすら樹林の中を登り詰め、いきなり尾根上に出た感動も忘れ難い。そこには広大な展望が待っていた。そして目指す川苔山頂もすぐそこだ。茶屋の前で持ってきた食料を全部出し、みな平らげて頂上に向かって駆け上がった。そして最初の記念すべき三角点を踏まえたのである。そしてこの瞬間、次の山行が決まった。三ツ峠である。
 帰りは鳩ノ巣へ、のんびり歌を歌いながら下り、この記念すべき山行を終えた。
 この後も随分と山へ行ったのであるが、この川苔山行ほど印象付けられた山行はない。ここに一人の山ヤが誕生したのである。
(次回は小池氏にお願いいたしたい。小池君、キバッてや!!モートー)


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