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富士山
藤田 昌

山行日 1965年7月18日
メンバー (L)藤田、他

 6月のある日のルームでしたが委員の方から『一つ例会を持ってくれないか』との話が出、つい断ることもできず『どうも私のような未熟者が係になっても、知ってる山も少ないし自信がないなー』『いやいや何処でもいいよ、簡単なハイキングでも良いし、何しろ例会計画が纏まらないと困るから頼むよ』とか何とか言って攻められるがままに『えーと、それじゃ富士山の一般ルート辺りはどうかな』と言ってしまったのが決定となってしまった次第である。
 7月17日まで参加者を待ったが、一人もなく残念、単独となるところでした。
 しかし、私もそれを予想していたので2日ばかり前に会社の同輩に声をかけておいたため、当会には所属せぬパートナーを2人獲得できました(2人とも男性)。
 17日(土)はのんびりと身支度をし、新宿発0時20分の臨時列車に乗ることにする。
 河口湖には3時半頃到着で、空模様はあまり芳しくない。4時頃から白みかけた空に突き上げるように姿を現した富士は雄大だった。しかし、頂上付近はスッポリと雲に覆われており、晴れるかどうかとそればかりが気掛かりだった。
 一番バス(4時30分発)で五合目まで、ここで朝食。空模様は時々雨がパラパラ落ちていたが、食事を済ませて出発の6時には雲も切れ絶好の登山日和となってくれた。
 遥か下に山中湖を眺め、いよいよ本格的な登りにかかる。
 吉田大沢を右に見ながら頂上目指して登り始めると七合目近くで、懐かしいあの氷雪訓練で厳しかった頃の冬富士の姿が、ありありと想い出された。それは、充実感のある想い出であり、一瞬何とも言えぬ喜びが胸の中を横切る。
 ワンピッチ、50分の10分休憩で順調な登りを続けると、やがて八合目を過ぎる頃から視界は2、30mそこそこのガスの中に入り気温もグッと低く感じられる。
 九合目に来た時はガスは雨に変りポンチョの御世話にならざるを得ない。風はさほどではないが横からかなり雨を叩きつけて来る。
 しかし、当日はマラソンの登山大会があったらしく、パンツにランニングシャツ一枚という勇ましい姿で駆け登る選手達に何人かお会いしているので、横なぐりの雨が冷たいなどと言っちゃおれないわけである。
 下半身ズブ濡れで、石の大鳥居を潜り頂上に出る。長い間期待をかけた頂上だが。雨もかなりひどく、結局お鉢巡りも断念し、唯休憩所で昼食を取り下山とする。
『また来る時には笑っておくれ』と歌の文句じゃないが、再びここに足跡をしるす時は、その時は間違いなく素晴らしい快晴の時であることを信じつつ(いや必ず快晴の富士をやる決心ですよ、こうなったら意地だ!)。
 下山路は最もポピュラーなコースと言われる、例の須走りを一気に下る。降ったり止んだりの雨のため急勾配の砂走りも思うように滑らず、足元がしばしばもたついた。
 後日知ったのだが、この日、この下りのコースで落石による痛ましい遭難者が出たそうですが、私達は無事落石にも遭わず古御岳神社バス停に辿り着いた。しかし、ここは何とバスを待つ人々が長蛇の列で、切符売場で様子を聞くと、「今からでは3時間くらい待たないと乗れませんよ」と来たもんだ、腹が立つやら情けないやらで、待つのもしゃくだから、御殿場行のバスが出る浅間神社までせいぜい8kmか9kmだから歩いちゃおうということになる。実に変化のないバス道を2時間少々歩かされ、まいりかけた頃やっと浅間神社に着く。
 神社より少し下った所から御殿場行のバスの人となった途端、一日の疲れがドッと押し寄せて来たのか、心地良い眠りに落ちていった。

〈コースタイム〉
河口湖(4:30) → 五合目(5:30~6:00) → 八合目(8:40~9:00) → 頂上(10:45~12:00) → 古御岳神社(14:20~14:30) → 浅間神社(16:30)


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