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前穂高岳三峰フェース
小島 作蔵

山行日 1965年8月5日~9日

8月8日(晴)
 今日も良い天気だ。昨日一日休養を取り、明日は下山、ということなので、どこかやりましょうと涸沢に来たが、一昨日、今合宿の目的屏風岩をやってしまったので、何故か力が抜け、ファイトが湧かないのと、日頃気の強いY氏が余り気の進まない顔をしているのが妙に気になった。ザイテンを登り奥穂高に行くI氏一行と別れ、涸沢の雪渓を三・四のコル目指して登り出した。身体が疲れる割にはなかなかコルが近付かない。ちょっと休もう、ちょっとが多くなる。ザイテングラードを登山中のI氏一行のモートーのコールに応え、元気の良いところを見せるが、その頃の疲れの激しいこと(たるんだもんだ!)。一生懸命雪渓を登るが、基部はなかなか近づきゃしない。自然界は大きいなあ!と感心する。誰とも無く、雪渓上に露出した岩にしゃがみ込み、ごろっと横になったが、いつの間にか眠ってしまった、時々聞える落石の音を子守唄代りにしながら。目が覚めて時計を見たら大分針が回っていた。皆んなも起き出したが、とても岩登りをやろうッてな顔では無かった。余り気乗りしないから、やめようッと相談がまとまり、涸沢の雪渓の真中でのんびりする。たまにゃあこういうことも良いでしょう。
 ある有名な山屋が友人に質問された。「お前は山に良く行くけど山へ登ってどうすんだ?」その山屋は答えた。「山へ登ったら降りてくんだ」と。しかし俺等はその上を行き、どうせ降りて来る山なら登らねえ方がいいな!と自問自答し、また、山はどこにも行きゃしねえし、勇気ある徹退も必要ですねッてんで雪渓をグリで降りた。
 行こうか戻ろうか三峰フェース、ここで戻るも男じゃないか...。と勝手な唱を歌いながら。
 と言う訳。お粗末でした三峰フェース始末記。
 じゃまたな!
メンバー 小島、山本(敬)、横田

奥穂高岳
五十嵐 雄二

 4日目、BCを6時半頃出発。涸沢までは岩班の小島、山本(敬)、横田の3氏と我々尾根班の原口、椎名、椎名弟の3氏と私の計7名。涸沢までは2ピッチで快調に飛ばす、と思っていたら、1ピッチ目を2ピッチにした人が2人いた。「何のためです」「君!朝ですよ」そうそう聞くまでもない。なにですよ!横尾谷を卜ラバースする所で一本(本谷橋)。ここで尾根班にファイトを喪失させる出来事が発見された。何だって!聞かない方が良い。貴方なら登るのを取り止めて帰ってしまうだろうから。3氏には誌上を借りて改めてお詫びいたします「ごめんなさい!」。その為かどうかH氏が朋文堂ヒュッテ下から腹痛、北尾根は取り止め。
 H氏は涸沢小屋下の雪渓でトカゲ。三峰フェイスヘ向う3氏と別れて、我々3名は涸沢小屋から、ザイテングラード、穂高小屋を経て奥穂へ向う。昨年は涸沢小屋の前を通っていた道が今年から、小屋のテラスを通り(心配無用、無料である)岩ダタミヘ。ベースはボッカのお馬さん。今年は天候異変とかで、雪が多いだろうと期待していたが残念!ほんの少しだけ。そう、合宿のカレーライスの肉を思っていただけばよろしい。
 Sさんはのんびりと花等観察。黄色い首の長い花が日光きすげ(花よりタンゴの私、花の名など一つも知らない)と教えて下さった。その内に、あおのつがさくらを発見。Sさん小躍りして喜んでいる。
 涸沢岳直下のガラ場のトラバースにかかる頃から、下山者がそろそろ現われて来た。いやその格好の良いこと。真白なお足を七分も出して真赤に焼いて「コンニチワ!」と来りゃ男でござる。「ハイ、コンニチワ!」涸沢槍や北穂の岩場よりこの方がイカス!てなことやっているうちに、ザイテングラード取り付き点に着き、一本。10mX3m位の氷雪の上で、しばしお休みの後、ザイテングラードの上から三ルンゼを眺めたら、いたいた雪渓を四苦八苦登っている3氏。声を張り上げて、「モートー」。木霊が気持良い。3度目の後からまた3度帰って来た。聞えたらしい。手を振る。Sさんは麦藁帽を振る。向うも手を振っているらしい。では登るとするか。
 ザイテングラードから見る涸沢、北穂の岩場、見え隠れする涸沢槍、二ルンゼ、前穂、北尾根、スゴイゼ! 空には山の形をした雲がいくつか、ポッカリ浮いて、ゴキゲンで眺めているうちに、ヒョッコリ穂高小屋に出ちまった。
 此処の水場は無入で「一回十円投入下さい」とある。一口飲もうが、水筒一杯詰めようがですヨ。その十円を出し惜しんでタダで飲もうっていうケチな野郎ドモが居るネ、その格好たるや最上等のスタイル。我々でも三十円位ならあるって言うのにさ。
 さてハシゴ場を登る。御多聞に洩れず国電ラッシュ。待つ程に我々の番。Sさん曰く、「やっぱり二本足より四本足の方が楽だワ」ちょいと登って振り返ったら、一昨日登った槍の雄姿、スゲーナー。槍の左後方にちょっと顔を見せた白馬。さっき小屋の後から見たジャンダルム。スゴイスゴイ。ジャンダルムの岩場には未だに未登攀のルートが多いそうな。奥穂の前衛峰なんて言うには惜しい岳だ。おっと奥穂へ急ごう。ハイ到着。さすが日本第二の高山。何、嘘言うなって?地図の標高なんてどうでも良い。「高けりゃいいんだ!!高けりゃ!!」囲りを眺めよう。目の前には前穂への吊尾根が我々を招くかのように伸びている。見える見える三峰フェイス。3氏はもう登っちゃったかな。今登っている最中かな。眼鏡が無いので確認出来ない。残念...。後を向けば、北穂、槍。右手には蝶、常念の山々。白いベールに隠れてしまった白馬の左手には立山、黒部と思うが浅岳歴の私、仔細は不明。いつまで居ても腰を上げる気にはなれない。その我々もついに山頂を追い出されてしまった。人また人、仕方ない。下ではH氏も待っているし、Sさん2人の腹が減らないうちに下るとするか...。
メンバー 五十嵐、原口、椎名、椎名弟

〈コースタイム〉
涸沢(9:15) → ザイテン取付点(10:00~10:20) → 穂高小屋(11:10~11:30) → 奥穂高岳(12:20~12:35) → 穂高小屋(13:00) → ザイテン取付点(13:35) → 涸沢(14:00)


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