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北岳バットレス第四尾根
小島 作蔵

山行日 1965年9月23日~25日
メンバー 小島、野田

9月24日(晴のち曇)
 先月の穂高屏風岩以来、岩登りに対し恐怖心とも嫌気ともつかない何か複雑な気持ちになり、ここしばらくは登山としてのオーソドックスな姿、縦走に専念しようとしたが岩への未練が断ち切れず、再び岩場を求め入山してしまった。
 バーナーの音で目を覚ます。昨日の朝10時頃この小屋に入り、以来今まで実に良く眠った。戸を少し開き天候を見る。昨日天候が良くなかったため、不安と期待の入り混じった気持ちで空を見た。
「野田サン!イイ天気ダゼ、稜線ガキレイダァ」てんで、朝食を早々に済ませてサブを背に外へ飛び出した。睡眠充分、体調絶好、樹林帯を横切り大樺沢に入りバットレスの基部まで沢を詰める。眼前に広がるバットレスは写真で見たほどの威圧感はなく幾分ホッとし、またがっかりする。
 午前8時、基部Dガリー下に到着「今日ハ野田サン、トップヲ頼ミマスヨ」とN―Kのオーダーでアンザイレンをし、Dガリー大滝を登る。1ピッチでは登り切れず途中でトップを交替し2ピッチで大滝上に出た。そこからCガリーに入るべくトラバースをトップNで行う。途中の岩壁に残置された埋込ボルトが抜け、危うくNさん飛ばされそうになった。ここもトップを交替しながら3ピッチでCガリーに入った。Cガリーをしばらく詰めた後、ザイルを外し第四尾根に取付く。取付きは這松漕ぎの嫌らしい所で、尾根筋に着いた頃は2人共ヤニ臭くなっていた。再びアンザイレンをして、先ずクラックを10mほど登り、草付を30m登る。次が這松草付40m、次がクラック20mとこの辺りはすこぶる簡単に高度を稼いだ。しかし、バットレスという名の通りこのまま簡単には行かせてはくれなかった。約7mのフェースが「チョイト、オニイサンガタ、ココカラサキハ、キビシイノヨ!」と言わんばかりに行手を遮った。「トップをお願いできますか」と言われ「イイヨ」と答え、しまったと思ったが後の祭り。ここで初めてアブミを使って乗越し、更にマッチ箱まで30m、嫌なナイフリッジをバランスクライムにて登った。立っては歩けず、恥も外聞もないよッ!てんで、三点確保ならぬ四点確保にてどうにかマッチ箱に到着した。ここでしばし休憩、天候もいつしか霧が立ち込め思うような視界も得られぬが、時折風に霧が飛ばされた間に、第一、第二尾根を登っているクライマーの姿が目に映ると同時に、両側がスパッと切れていて今いる所も大分厳しい所だなと緊張させられる。一休みの後。コルに懸垂にて、ナイフリッジを足ではさみ、振られぬよう注意して降りた。女の子に振られても怪我はしないが、こういうところで振られりゃ怪我すっからね。尚もルートは続き、クラックを3m程登りチムニー状岩溝に入り、リッジ通しにルートをとり、バランスクライムを続ける。続いてクラックが現れ、30m程、これまたバランスで登る。途中、スリップしそうになったが、危いところでバランスを保持した。ここで何くわぬ顔で、セカンドをジッヘルした。次にルートは左に5mトラバースをし、草付クラックに入り35m程登り、最後のリッジを詰めると、緩い傾斜の草付斜面に飛び出た。ここから踏み跡を頼りに、山頂まで快適なフィナーレを楽(苦)しみ、山頂にてたっぷり休養の後、後発パーティが入山している御池小屋まで、疲れてはいたが無事完登の喜びをかみしめ、小太郎尾根を下降した。岩場としては、今日のルートはさほど困難ではなかったが、次々に自分にとって新らしい岩場に足跡を残すということは嬉しいものである。そういう意味で、今日はキタダケの甲斐があったと思う。

〈コースタイム〉
9月24日
御池小屋(5:40) → 大樺沢(6:00) → Dガリー下(8:00) → 大滝上(9:00) → トラバース(9:40) → 第四尾根取付(10:45) → 北岳頂上(14:20~14:50) → 帰幕(16:00)


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