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明神岳東稜
小沢 正美

山行日 1966年7月30日~8月2日
メンバー 小沢、佐々木

7月30日 快晴
 8時、上高地を出発、明神館にて水を補給、養魚場裏の丸木橋を渡り、下宮川のガレに入る。樹間のヒンヤリしたガレ沢を20分も登ると広く明るい河原に出、右手に白い崩壊を見ると間もなく窪地にかすかな踏跡があり、草を分け、屈曲の急登が続いて、まだかまだかと思われる頃、正面が開け宮川コル直下のガレ場末端に出た。さらに一頑張りで11時、下宮川のコル着。少々早いが草原に寝そべって、五峰中央フェースを正面に、梓川に隔てられた蝶、大滝から六百山までの連山、広大な上宮川のガレ場を前に、しばしの開放感に浸りながら昼食を取る。
 草花の咲き乱れるコルを後に、四峰東稜末端岩壁を目指して広い上宮川のガレ場を登り気味にトラバース、岩壁手前で窪を渡って樺の疎林を岩壁沿いに登り、廻り込むとまたも広大な上宮川のガレ場に出る。照りつける太陽を避け、岩陰で一本立て目前に迫ったラクダのコブ主峰へせり上る急峻な東稜にしばし見いる。
 焼けつく堆石と寝不足もたたってか、二人共調子が出ないままガレ場を直登し、ガレとブッシュの中にかすかな登跡を探しつつ、ひょうたん池のある東稜のコルヘ一直線にトラバース。コル直下の草付で細い水流の跡に沿い笹を分けてふらふらしながら13時、やっとの思いで這い上がる。池畔にツェルトを広げひっくり返ったらそのまま眠ってしまった。そんな訳で明日は今日の分もがんばろうと早々に夕食を済ませ明るいうちにシュラフカバーに潜った。

7月31日 強風雨のち晴
 昨日の分までもと、2時起床、準備をするが夜来の雨は時々集中的に襲って夜明けと共に激しさを増し、ツェルト内はもはや乾いている所がない。明るくなっても一面のガスで何も見えない。またも風雨が強くツェルトを叩く。止むなく濡れたシュラフカバーを被って雨の上るのを待つ。午後、やっと雲が切れ青空と真夏の太陽が顔を出し勢い良く上昇してはガスも消えたが、最早やどうすることも出来ず停滞。何もすることが無く、体をもて余し気味なので偵察かたがたラクダのコブまで東稜を登ってみることにする。
 14時、池畔より樺の疎らな中を急登が続く。ほとんど訪れる者のないルートは夏草が生い茂って、踏跡もかすか。消えかかっている。30分程で10m程のスラブ、第一階段に出た。岩壁の中央に赤サビたハーケンを見たが、壁の左手を這松をつかんで強引に乗越す。しばらく這松の切り開きを登ると、信濃キンバイ、キスゲ、小さくて赤い車ユリの咲く急な草付きとなり、真新らしいクレモナのフィックスが急斜面に張ってあった。灌木と草付の急斜面の登りが続き、いくつかコブを乗っ越すと痩せた岩稜となり、背の低い這松の切開きを登り切ると、尾根は急な下りとなって砕石のコルヘと落ちている。ラクダのコブだ。15時着。
 眼前にコルを隔てて主峰を始め明神の峰々が間近に迫り、東稜の岩壁が全貌を表わした。中又白谷の向うには、前穂の第一尾根がその支稜と共に青空に向ってせり上がっている。今は完全に晴れ上った青空のもと、コブに腰を下して、間近に仰がれる東稜の岩壁の中に明日登るルートを何辺も何辺も目で追って見る。コルより少し左上したガリーは青々とした草に覆われ、スラブの凹角には真白いフィックス・ザイルの下っているのが見える。凹角の出口からは、逆くの字に草付が続き、頂上直下の壁に沿って基部を左上、ブロック状の肩へと続いている。30分近くも飽きることなく素晴らしい岩壁に見いってしまった。満ち足りた一時だった。

8月1日 快晴、西風強し
 昨日の長時間の寝疲れと、もの凄い蚊の大群に見舞われ中々寝つかれずにうとうとしていると佐々木の寝返りで目が覚めてしまった。0時30分だ。眠れそうにないので食事の準備にかかる。不要物を整理しゆっくり朝食をとり撤収。満天の星の下、ヘッドランプの明りで東稜を登る。昨日試登していたのでルートを見失うこともなく何んなく今は月も明神の陰に沈んで真暗なラクダのコブに着く。這松の中に入って冷たい風を避け、登攀の準備をしつつ夜明けを待つ。
 常念、蝶の空が白んで、雲海が金色に輝き間近になった。今まで黒く沈んでいた岩壁も色づき、全貌を眼前に表した。朝風が心地良い。「さあー行こう」と5時、砕石の這松を分けたザレをコルに降り、小沢トップで衝立状の岩の基部を10m程左上にトラバース。草混じりの浅いガリーに入る。ブロックの重なった階段上のしっかりした踏跡を何なくスラブの凹角下に出た。ここでアンザイレンする。凹角は大きな一枚岩がL字形に凹角を成し、ほとんど手がかりも無い。
 クレモナの真新らしいフィックスと、適当に打込まれたハーケンに助けられて、凹角に沿い10m程直上、ガレの斜面を5~6m登って這松の根をビレーピンに、後続の佐々木に声を掛ける。間もなく、佐々木の笑顔が岩角から飛び出した。すぐジッヘルを変り、草混じりのガレ斜面を右上し、頂上直下の岩壁の基部に出た。細かい砕石の傾斜のある狭いバンドを二峰よりに巻くように登る。肩に出る岩角の少し手前でザイルが伸び切り、止むなく一段下った狭いバンドでジッヘルし、後続を上げる。
 岩角を乗越すと岩石の積重なった主稜線上で、一投足で明神主峰頂上に立った。岳沢より吹上げる冷たい風を避け、狭い頂上のケルンの陰で間食をとる。  西穂の稜線、蝶~大滝のスカイライン、遠く南ア・中央アの山並みなど静かな展望を楽しむ。6時10分主峰を後に、前穂へと痩せた岩稜のコブをいくつか乗っ越し、重太郎の道と合すると、ケルンの乱立する前穂頂上に着く。
 目指す槍の穂が北穂の肩に、はるかに遠く小さく顔を出す。先を急ぐ我々は混雑をする頂上を後に奥穂へ吊尾根を下る。
 涸沢の雪渓には一大テント村が広がり、岳沢、上高地は朝靄の中に包まれ、乗鞍、御岳の山並みも日が射したばかりだ。奥穂山頂でジャンダルムの異様なまでの岩稜を背に記念写真を撮り、冷風の吹きまくる中を奥穂小屋ヘ向う。10時、小屋の前の日当り良い所で大休止。バーナーを持ち出し昼食、11時、焼けつくガレを北穂へ向う。
 涸沢岳、涸沢槍の稜線は混み合い、随所で一方通行の時間待ち、順番待ちで先を急ぐ我々にはすごくじれったい。
 涸沢岳の通過で大分時間をロスしたので槍ヶ岳は諦め、ジグザグの南稜を一気にかけ下る。
 みるみるうちに正面の北尾根より続く前穂は見上るばかりに高くなり、午後の日を浴びて雪渓が美しい。半分日の陰った涸沢の天幕場には早くも夕食の紫煙が立ち始めた。仲間の待つ徳沢へ、ザクザクの雪渓を急ぐ。

明神東稜-1
明神東稜-2
〈コースタイム〉
7/30 上高地(7:30~8:00) → 明神(8:35~9:00) → ひょうたん池(18:00)
7/31 ひょうたん池(14:00) → ラクダのコブ(15:00~15:35) → ひょうたん池(16:45)
8/1 ひょうたん池(2:40) → ラクダのコブ(4:30~5:00) → 明神主峰(5:50~6:10) → 前穂頂上(7:25~7:35) → 奥穂頂上(9:35~9:40) → 奥穂小屋(10:00~11:00) → 北穂(13:50~14:30) → 涸沢(15:45) → 横尾(18:00) → 徳沢(18:45)
8/2 徳沢(4:30) → 上高地(5:45)

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