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鋸岳
小沢 正美

山行日 1966年8月20日~21日
メンバー 小沢、内田

 1958年の秋、初めて南アルプスの仙丈岳に連れられて登った時に、鋸岳の異様なまでにギザギザした山稜に魅せられた。この山稜が特に高いわけでもまた、有名でもなく、わざわざ訪れる者もほとんどない。しかしこのことは、この山稜を一層魅力的にしていると言えないだろうか。
 山稜の奇妙さと、その豊かな岩壁は、何時の日か行ってみたい、登ってみたいと、長い年月を経た今日まで引きつけてはなさなかった。

8/20 晴
 7時40分、カンカン照りの戸台の川原を歩き出す。1ピッチで白岩下を過ぎ、左手高く鋸の山稜が見え出し、長大な第一尾根の張出しを、やや右に曲って廻り込むように辿ると、大木の幹に角兵ェ沢入口の赤い導標を見る。川原を渡って薄暗い樹林のジグザグの登りが続いて、鋸岳一合目に出た。尚も展望のない樹間の登行が続き、ジグザグをくり返すと、唐松の疎らに生えた明るい堆石のガラ場となり、かすかな登跡が上へと続き、崩れ易く傾斜も増し実に登りづらい。いい加減うんざりする頃、針葉樹林が両側より迫り、ガレの幅も狭まり、大岩壁が眼前に現れた。左岸のカンバの小枝に岩小屋入口の導標が下がって、夏草の中のかすかな道が、岩小屋へと導いてくれた。
 ガレ場の照り返しでジリジリ焼かれ、全くピッチが上がらず、やっとの思いで岩小屋に這い上った。かなり広く、陽当りも良く、右端の苔むした岩溝からは水がしたたり、手を伸ばせば届く。
 正面には、中アの峰々が連なり、しごく快的な泊り場だ。遅い昼食後、明日の早出のため、角兵ェのコルまで偵察かたがた登ってみることにする。ガレ沢通しにジグザグを操返し、一しきり登ると、左手に角兵ェの頭より派生する中尾根の側壁が連って、正面に第一高点の正面壁が迫って来ると、ガレ沢も一段と広さを増し、傾斜を増す。ガレ場のド真中のカンバの大木の根方で一本立て、堆石の中のできるだけ大きい砕石を見はからって、最後の急登にひとしきり喘ぐと、這松の狭い角兵ェ沢のコルに着いた。右手に岩稜を10mほど登り這松を分けて、5分もすると、岩屑の中に色とりどりの草花の咲く角兵ェの頭に出た。遮るもののない眺望は素晴らしく、中アの連山、御岳、乗鞍岳、両肩をいからした仙丈岳、北岳がマッターホルンの如く、鋭くとがって、いかにも南アの主峰らしい。間の岳、塩見も遠望出来る。伊那谷に積乱雲が湧き、時折遠雷が聞える。第一高点は踏んでおこうと、頭をあとに鋭く切れ落ちた第一高点の岩壁の上縁を登り「鋸岳2670m」の標柱の立つ頂上に立った。冷たい風の一と吹きと共に、ガスの湧き上る谷の向うに、今まで隠れていた甲斐駒の白い三角形の山容が現れた。足下より痩せた岩稜が入りくんで、激しく上下し甲斐駒へと連なっていた。
 すぐコルに戻って、日の陰りかけたガレを明日の為にと、ケルンを積みつつ下る。
 16時50分岩小屋に帰った。
 西の空は晴れ上り夕日が射し込み、岩小屋内は明るく乾いて居心地が良い。中アの彼方へ紅々と今にも沈もうとしている夕日を見ながら、いつになくゆっくりした落着いた気持で夕食を食べた。

8/21 晴
 2時、食事の用意にかかる。ツェルトより見上げる空は満天に無数の星が輝いて今日一日の晴天を約束してくれている。3時、岩小屋を出、ランプを点じて真暗な角兵ェ沢のガレ場に入る。足元を照らす、ヘッドランプの光の輪がゆっくりと、ケルンを追って、ジグザグの登行を続け、1ピッチで第一高点直下のカンバの木の下で小休止。枝越しに見上げた星空は実にきれいなものだった。さらに一頑張りで明るくなりかけたコルに着く。
 そのまま第一高点へ。南アの峰々は盛んに湧き上るガスに隠れ何一つ見えない。
 伊那谷には真白い綿のような雲海が広がり、中アの峰々は朝日に染っていた。
 第一高点を後に、這松の痩せた岩稜を下ると、すぐ尾根が急に切れ小ギャップに出る。両側より急峻なルンゼがつき上げ、10m程のアプザイレンで狭いギャップに下降し、急な草付を登り返えす。ナイフリッジ状の岩稜を反対側に乗越し、下り気味にトラバースしてすぐ、風穴に出た。やっとかがんで通れる程の穴で、信州側にラッパのように広がり、風化でボロボロの脆い岩肌、狭い急峻なルンゼが切れ落ちている。
 ガラガラの浮石のルンゼを20m程慎重に下降し第二高点への枝尾根の取り付きを探したが見い出せず、2~30分もたもたした揚句、止む無くルンゼ右岸の草付を強引に這い上がって、主稜直下の岩石と灌木の入り混じった中を大ギャップまでおよそ100m程トラバース、大ギャップの下降点に出た。今にも抜けそうな這松の根にザイルをかけ、そうっとアップで20m程赤茶けたボロボロの壁をギャップに降りる。
 甲州側の急な樹間を10分程廻り込むと、浅い小さなルンゼに入り、一頑張りで鞍部に出、脚下に広大な能穴沢が、かなりの高度感で広がり、ブロック状の岩石が重なり合ってかなり広い。赤サビた剣の立つ、第二高点の頂上に着く。甲州側より吹き上げるガスは鋸岳の岩稜を境いとして湧き上っては消え、第一高点のピークも見え隠れしている。持って来た全ての食料を広げて中アの眺望を楽しむ。
 頂上を後に、帰りはルンゼのルートを取るべく、頂上より南に派生する小尾根をケルンと赤布に導かれて、しばらく這松とカンバの中を下り、大ギャップルンゼに入り、ガレ場をほんの少し中岳の壁に沿って、バンド状の所を下り気味にトラバース、風穴よりのルンゼに入る。風化の激しいガラガラのルンゼ通しに50m程登れば風穴だ。風穴を抜け岩稜を乗越し小ギャップに下降、階段のしっかりした壁を10m程登ると、何なくギャップの上に出、小さいコブを越え、一頑張りで第一高点に着く。そのまま角兵ェ沢のコルに下り、再び角兵ェ沢を大岩尾根に下降、岩小屋に着く。早速ツェルトを撤収、岩小屋を出る。這松の疎らな堆石のガラ場のジグザグの下降を30分程で樹林帯に入り、しばらくして一合目で横岳峠の道と合し、薄暗い樹間をひとしきり下って、川原に出た。振り返れば、赤茶けた鋸の山稜がガスに見え隠れしていた。カンカン照りつける川原を戸台へ急いだ。

鋸岳概略図
〈コースタイム〉
8/20 戸台(7:40) → 角兵ェ沢出合(10:00) → 鋸岳一合目(10:30) → 大岩小屋(12:30~13:55) → 角兵ェ沢のコル(15:15) → 角兵ェの頭(15:20~15:35) → コル(15:40) → 第一高点(15:50~15:53) → コル(16:00) → 大岩小屋(16:50)
8/21 大岩小屋(3:00) → コル(4:25) → 第一高点(4:40~5:00) → 小ギャップ(5:05) → 風穴(5:15) → 大ギャップ(6:15) → 第二高点(6:25~7:00) → 風穴下ルンゼ(7:20) → 風穴(7:30) → 小ギャップ(7:35) → 第一高点(7:45) → コル(7:55) → 大岩小屋(8:35~9:15) → 一合目(9:55) → 角兵ェ沢出合(10:05~10:40) → 戸台(12:05)

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