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大菩薩嶺
浅野 圭子

山行日 1967年2月5日
メンバー (L)溝越、牧野、播磨、鈴木、浅野、中村

 まだ三峰山岳会に入会していない頃、ゴールデン・ウィークに帰省した折、地元の山岳会に飛入りして1,300mの粟ヶ岳に登ったのが始めての雪山でした。5月とはいえ雪深い新潟の山です。五合目くらいから上は白一色でしたし、男性はほとんどがピッケルを持っていましたし、スキーをかついだパーティにも逢いましたから、雪山という感じは充分でした。頂上から眺めた白銀の飯豊山の美しかったこと...。しかし、時は5月だったのです。どうしても春山としかいえないのです。結局その後冬山の経験の有無を問われても、否としか答えられなかったのです。
 ところが今度は正真正銘の冬山へ登ったのです。何しろ2月です。天も地も明らかに冬です。大菩薩嶺なんて「冬山」ではなく「冬の山」だという人がいました。でも誰が何といったって冬山には「違」いありませんでした。
 実にすばらしいお天気に恵まれました。ピッケルなど全然いらない様なコースでしたけれど、女性を喜ばせる術を心得ておられるフェミニスト氏たちです。わざわざ御自慢の「岳人の魂」を持参して下さいました。男性のいでたちとしたらカッコ良くても、女性の場合その逆ともなり得るという事も知らずに二人の女性はできるだけ勇ましく見える様にと、ギャングもどきサングラスをかけ、雪の上にスクッと立ち、ピッケルを振りかざして二コッと笑って男性のカメラに向ったのですから。知らない人が見たら気のふれた女ともとられたことでしょう。
 おまけによく食べること、食べること。下界にいてよく聞く「男の人はそれだけじゃあ足りないわねエ」というセリフは山では通用しない様です。
 しかし、男性に関してもある発見がありました。プリンなど女、子供の食物とばかり思っていましたのに、6人に対してプリンが4個しかないのでジャンケンということにしたらば、実に真剣な-そうです、負けた人が山行報告を書くことという約束のもとでジャンケンしたら、さもありなんと思われる様な実に真剣な顔つきで男性軍もジャンケンに参加なさいました。つくづく、これは女性の食物、あれは男性の食物などという風に分類すべきじゃないと反省いたしました。
 山を下りて(ちょっと早すぎたかな、でも世はスピード時代ですから)駅の近くの食堂でビールで乾杯しながら、テレビに映った美人の批評から始まって、一昔前の映画論、俳優の品定めをいたしました。以外と皆、昔は純情な少年少女だった様です。
 笑いすぎて顔にシワができたのではないかしらと、チョッピリ心配になった山行でありました。


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