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思い出のお花
佐藤 史子

 花の命は短くて...とほんの2週間で開花期は変動していたのです。大樺沢の沢沿いはトリカブトの紫だけが花でした。雪渓の白い雪に映え、露に濡れ伏し目に開く色濃い花、粋で艶なる紫、妖しくも感情を戸惑わす。半陰地に生え花と見えるのは烏帽子状の萃で美しいが有毒アルカロイドを含有しているそうです。
 稜線のシャクナゲ。ハクサンシャクナゲが群れている。強風に煽られ幹は岩肌に隠れ花だけが小さく顔を出している。白根三山は花にはまだ早く、荒い岩だらけの山道に一際目立っていた。それが少し下った熊の平ではどうでしょう。見渡す限りハクサンイチゲやキンポウゲが咲き乱れ蝶々が花から花へと飛び回り山旅の楽しさに風情を添えてくれた。
 ひっそりと咲くヤマオダマキ。山行中ただ一度塩川から少し登った雑草の中にあった。優しく慎ましく咲く花。静寂さを漂わせている。紫がかった淡黄色でミヤマオダマキよりずっと色が薄く目立たない。5枚の花びらと萃とでその優雅さを作り上げている。私の一番好きな花。
 眼を引くクルマユリ。三伏峠から高山裏にかけて咲き、単調な山道を慰めてくれた。紫や白や黄の花ばかりの中でレンガ色がパッと目につく。そうかといって派手な感じはなく可憐で美しい。俯き加減で6枚の花弁は内側に黒紫色の斑点をつけ、いかにも夏らしい。
 茶臼岳の岩陰には紅に燃えた美しいタカネバラが咲き誇っていた。美しいだけに枝葉はトゲを持って近づけない。一輪手折ってあの人に捧げたいのに。
 聖岳のお花畑、そこは高山植物の宝庫です。何処よりも伸び伸びと鮮やかに咲いている。岩の小さな割目にイワギキョウが楚々と。乾いた赤い岩土に青々と茂った葉と白いみずみずしい花をつけたイワツメグサの群れ、乾ききった喉も一瞬潤った錯覚に陥る。ピチピチと張り切ったイワウメを見ると若人を感じ、這松の陰のツガザクラを見ると清純な乙女を想像する。キスゲ畑には時々大きなシシウドがドカンと腰を据えていたり、フクロウが風になびくようにいつまでも魅せられてしまった。どこからか鳥のさえずりがひっきりなしに聞こえてくる。こんな沢山の高山植物に囲まれ全く嬉しい悲鳴の明け暮れのうちに南ア縦走は遂に終わってしまいました。


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