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城峰山
播磨 忠

山行日 1969年2月23日
メンバー 野田、播磨、鈴木

 毎年冬の間、東日本の太平洋側はカラカラの晴天続きで、低山のハイキングには絶好のシーズンとなるのであるが、今年に限ってその例ではなかった。2月の連休を除いて、あまりパッとした天気の日曜日はないように記憶している。まして昨年あたりから誰かの跡を継いで雨男の異名もちらほら聞かれそうな僕にとって、当日の天気はあまり期待をしていなかったのだが、何せ同行者二人が自称「お天気屋」?いや違った「晴男」ということで、雨と晴の割合が1対2となり天上の神様も考えたせいか、バスを降りて歩き始める頃には太陽も輝き、大分良い天気になっていた。
 さて、皆野からのバスを清泉寺で降りて、幅の広い林道を歩き出した。この辺りの梅の花は丁度見頃で、早春ののどかな山村風景の中をのんびりと歩く。途中、林道歩きにうんざりとする頃、左側の小沢につけられた小道を見つけてそれを辿ると、急登しばしで地図上861m峰と城峰山との中間の尾根に出た。振り返ると秩父市とその上に覆い被さるような武甲山の雄姿が浮かび、右に目を転ずれば雪を纏った両神山が意外な近さに迫ってくる。ここからは展望櫓の建つ山頂までは一投足で、鋼鉄製の立派な櫓の上に立てば、奥武蔵、奥秩父の山々は言うに及ばず、今まで見えなかった西上州の山々、とりわけ御荷鉾、赤久縄が大きく、遠く日光、上信越国境の山々まで遠望することができ、眼下には神流川に新しくできた下久保ダム(堰堤は見えず)が満々と水をたたえている。山頂で冬の陽を浴びながら、ラーメンを作り雑談に花を咲かせて楽しい一時を過ごした。
 帰りは雪の上にウサギの足跡を追いながら、奈良尾峠に下り奈良尾の部落を経て途中、「秩父華厳の滝」(名前負け)などを見ながら、夕闇の迫る中を秩父鉄道の親鼻駅に到着した。
(現在の5万分の1の地図『寄居』には、城峰山付近にはほとんど破線記号は見られないが、かなりの登山道が四方からあるようだ。どうも新しい地図より昔の地図の方が登山には見易いようだ)


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