トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ210号目次

大無間山
鈴木 嶽雄

山行日 1969年10月10日~12日
メンバー 野田、鈴木

10月10日
 真夜中に肌寒い秋風の吹く東海道線金谷に着く。夜明までシートに包まり一眠りした。大井川鉄道の一番電車が、行商人や登山者を乗せて走る。途中、今夏の豪雨で線路が川に流されていた、100mくらい歩いて前の電車へ乗継、千頭からは豆電車となり深い渓谷を走る。途中、また100mくらい歩いて前方の電車に乗る。やがてダムが見えてきて井川駅。バスは直ぐ出て、井川本村で畑薙行に乗換える。井川湖を右に見て走る。バス一杯の登山者は畑薙から茶臼岳方面に登るのだろうか。田代部落で降りたのは、我々と村人たちだけだった。
 一寸心細くなり、前の店でおばあさんに、大無間山の登り口を聞く。村外れの一本杉の、竜神様の清水で、野田さん持参の、おにぎりで腹拵え。地図を広げる(P4)1,796m、避難小屋まで1,100m、さらに、50m、100mくらいのコブを三つくらい越えて、300mの急登、小無間山2,149mである。田代から小無間山まで、標高1,500mはある。ポリタンに水を入れ、小さい鳥居を潜り、杉林の中を、やがて栗や楢林のジグザグ登り一汗流すまでは、体の調子がでない。300mくらい登ると、もう一本の道が一緒になる。尾根をしばらく汗を流して登ると、伐採小屋があり、近くに、ホースから水が流れていた。思い掛けない水に喉を潤す。モクモクと登ると、ブナ、馬酔木、姫シャラの木の美しい所で一休み。この辺りから伐採された尾根で、イバラや小木で道もハッキリしないが、一本尾根なので間違うことはない。体も調子好くなり、秋空の下を快調にとばす。背後の湖もドンドン小さくなる。道も緩やかになり、刈払もしてあり秋花の咲く尾根となる。だが「P4」までの300mは、急でザラザラと滑り易く、イバラで腕は切キズだらけ、おまけに口はカラカラ、喉が引っ付きそうだ。「水場の少ないこの山は、ポリタンの水を、少なくすることは許されない、夕飯用」。水が思うように飲めないことは実に辛い。ハアハア言いながら登る。僅かに踏跡のある、本村からの大きな尾根に出ると、イバラも無くなり、すぐ反射板のある「P4」に着いた。苔むした針葉樹の中には、大無間小屋があった。昼飯だ。さっそく水場「ドラムカン」を見つけて飲もうとしたが、ボウフラがウヨウヨ、諦めざるをえなかった。さればとナシを食べるとウーム。これは旨い、甘く水っぽく、砂糖が取れるんじゃないかと思うほどだった。
 ここから大ギリバの登降だ。コブまた、コブの向うには高く小無間山があった。右、大井川方面からガスが少し湧いてきた。急な所は潅木を頼りの登り降り。三つほどコブを越えると、最後の300mの急登、針葉樹の苔道を踏みしめ踏みしめモクモクと登る。
 二人とも完全にバテていたが、男の意地か、それとも山男の本能のようなものが、途中で休む事を許さない。ただひたすら登った。薄暗い原生林の中、三角点が小無間山である事を教え、その中に崩れるように坐ると体の疲れが心地良かった。
 小無関山を後に、今日の泊り場を捜しながら大無間山への平担な縦走路を行く。足元には一面に白枯れたカニコウモリの葉が秋である事を教えてくれる。トマのピークを降りかけると、小灌木の紅葉越しに、右に北方遠く雲上に、荒川岳から光岳まで見えた。前方大無間山はガスで見えない、なだらかに100mも下ったころ、夕闇の中にテン卜を張る。さっそくポリタンから水を出し、二人で一口ずつ飲む、伐採小屋からズーと飲んでいなかったのだ。飯を食ベウイスキーを飲んで眠る。

10月11日
 気持良い朝だ。二つのポリタンの水も飯を作ると一滴も無かった、今日も水で泣かされそうだ。
 歩き始めて少し登ると小ピーク、昨日見えなかった大無間山が、左前方に姿を見せた。少し下り、また水平に近い、丸味をおびた山稜を、原生林の美しさに酔いながら、快調なペースで歩く、やがて東海パルプの山男の遭難碑があった。この辺から、やや登りとなるシラカバや灌木が目につく、やがて大無間山頂である。平担で草原を針葉樹が囲んで、中に三角点やぐらがある。その上で赤石方面を眺めて一休み。ここで営林署のフロシキみたいな、地図を拾う。
 針葉樹林の中を、300mも下ると三隅池に着く。池の縁に南洋の土人の家のような三隅小屋が建っている。薄汚れた水で、紅茶を沸かして飲んでいると、登山者が3人、犬2匹がやってきた。お互い情報の交換をする。また、犬が腹を空かしているらしく、ブドウパンなど、ガツガツ食う、嬉しくなって、やたら食わしてやった。
 池からしばらく行くとガラ場に出る。右は光岳への尾根、縦走路は左に熊笹の中を行く。頭の上の太陽が熱い、この前の白根山から皇海山への笹薮で、慣れてはいたが良いものではない。下りきると笹も小さくなり峠のような小平地、三方窪で一休み。三方窪から地図だと尾根道だが、実際は右山腹を水平に巻いている良い道だ。「シカの土俵場」で少し上り尾根に出て、ガレ場を横切ると、また下り水平道になる。しばらく行くと、急に右に小尾根に入り下る。「五万分の地図と違う」。下り切った鞍部で一休み。水が無いのでまいってきた。こんどは左へ、ガラ道を200mくらい下り、水平道にでる。水音が聞えてきた、嬉しくなって走った。昼飯は、ワサビを失敬、パンと一緒に食べた、大タル沢小屋を過ぎて下ると、山腹を巻く、自動車道に出る。この道をしばらく行き、上日向から寸又川へ、千頭堰堤目掛け下る。
 4年前に光からの帰りには林鉄が走っていたが、上の林道が出来たせいか、レールは無くなっていた。野菊やススキの中をトンネルを潜り、鉄橋を渡り寸又温泉へ急ぐ。夕方、湯山発電所を過ぎるころ、雨が降り出した。大間の堰堤の吊橋を渡って、すぐであったはずだ4年前は。ところが新道を作るため、昔の道は発破で埋まり通れない。暗闇の中路頭に迷ったが、下の発電所で道を聞いて、昔の道のかなり上を、捜し捜し、やっと温泉に着いた。山の家は泊れず、バンガローに泊る。まずは二人でビールでカンパイ。

10月12日
 今日は帰るだけ、ゆっくり寝ていたら、散歩して来た野田さんに起こされた。大無間山は、静かで人気のない山稜、美しい原生林、野武士のようなドッシリとした大きな山でした。またよき野田先輩と登れて大変楽しく登れました。静岡より東名バスで帰る。


トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ210号目次