山行日 1971年1月24日
メンバー 播磨、今村、他1名
黒磯駅の待合室のストーブの端で、シュラフカバーやツェルトなどを被って、ステーションビバークと洒落こむ。ストーブがあるせいか、または気温があまり低くないせいか、快適に眠ることが出来たが、それでも早朝の寒さには勝てず、6時少し前には寒さで目が醒め眠れなくなった。丁度夜も白々と明けて来たので、荷づくろいを整えて、1時間あまり待ってバスの人となる。
駅で晴れていた天気も、湯本にかかる頃より小雪がちらつき始め、湯本でバスを乗り継ぎ大丸へ向う頃には風も大分強くなってきた。大丸温泉でバスを降りて、小雪まじりの強風の吹きぬける広場を、寒い寒いを連発しながら、とりあえず前の物産店へ駆けこむ。ここで軽い朝食を摂り、身づくろいを整えて、出発の準備にとりかかる。しかしストーブの周りにいると、外の寒さの中に身を晒すのが億劫で、中々重い腰が上がらない。約1時間ぐらいそこで時間を潰し、やっとのことでそこを出発、一路峰の茶屋目ざして歩き始めた。
最初は緩い登りの車道を横切り、一直線に登って行くが、風が強いために顔を上げていることが出来ず、僅か先を行くパーティのトレースも風のため吹き消され、時々吹き溜りに足をとられて渋滞する。那須は風が強いことで有名だが、今日の風は格別らしい。
ロープウェーの山麓駅でアイゼンを着け、硫黄精錬所の脇を通り、登りが少々強くなって、尾根に取りつく辺りから、雪混じりの強い風がなお一層強くなり、辺りはもちろん展望も利かず、顔を下へ向けて、ひたすら登るばかり、ルートを外さぬように先行者の踏跡を頼りに歩くのだが、それも風のため定かでなく、ただ見当をつけて登っていった。
道が峰の茶屋目ざして、山腹を絡むようになる辺りから、風の強さも最高潮、風が来ると足をふんばり、ピッケルに体重をかけて、構えなければ、体が浮いて吹き飛ばされそうになる。途中、女性を交えたパーティが降りて来るのに出遭ったが、彼等は峰の茶屋まで行かず引き返して来るところであった。我々もどうしようかと話し合った末、とりあえず峰の茶屋までは行くことにして、なおも前進した。
そこから峰の茶屋までは、それほどの距離はないのだが、何しろ風との闘いで意外なほど時間がかかり、やっとのことで峰の茶屋に到着、ここで一息入れて休憩。茶屋の向かって右側は風の通り路となっているためか、雪もついておらず、ゴーゴーと音をたてて風が通っている。本日の行動はこれまでと決めて、茶臼岳はまた後日に譲ることにして早々に下山、後で聞いたことだが、何回か那須に来た人の話では、今日の風は特別とのこと、茶臼や朝日に登った人はほとんどいなかったとのことです。帰りに時間が少々あったので、湯本の近くの鹿の湯へ寄っていきました。ここは純粋なる湯治場で、観光化されつつある那須の中にあって、特異な存在です。昔は皆こんな風であったのでしょう。お湯は強い硫黄泉で、あまり長く入っていると湯あたりがすると、説明されておりました。もちろん混浴で、我々が入っていると、おばさんが言いました。
「ここに入っている人で健康なのはあんた達だけだよ」そこで私が「そうですね、しいて悪いところを探せば、顔と頭ぐらいかな」と言ったら、真顔で「それはこのお湯では治るかどうか」と答えたので少々しらけた。