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屋久島宮之浦岳
鈴木 嶽雄

山行日 1972年5月2日~5日
メンバー 鈴木(嶽)

5月2日
 屋久島「宮之浦岳」などに一目惚れしてから何年になろうか。登りに行くと言うより好きな山に会いに行くような気持だった。
 鹿児島港から船は左に桜島や高隅山を見ながら、鹿児島湾を滑るように南へ進む。開聞岳を後にすれば外海だ、南の海は太陽がいっぱい。甲板でザックを枕に横になり目を閉じて寝ると、船揺れがゆりかごに乗っているみたいで気持ち良い。心の中は屋久島の自然のことでいっぱいだ。また、我が青春の夢が今日満たされようとしているのだなあとも思う。しばらく寝てから前方に目をやれば輝く海原の向こうに黒い山々が見えていた。久恋の山がもう目の前に見えているのだ。時折飛び魚が飛び交う海原を船は宮之浦港へと進んでいた。
 港に降りるとまだ5月というのに陽の光が実に熱い。南の島の実感が湧く。人波を分けて安房行きのバスに乗る。窓から見える亜熱帯の植物などが珍しかった。
 安房からタクシーに乗った。荒削りの林道を確実に早く荒川吐合まで運んでくれた。
 これから林用軌道の上を歩くのだ。小杉谷の集落も今は学校の建物があるだけだ。しばらく行ったところの小杉谷の小屋は登山者でいっぱいだ。とても泊まる気持ちにはなれない。小屋から少し行った所に三代杉という名木があった。軌道の上を更に行く。やがて軌道を離れて右に屋久の原生林の中へと入って行った。薄暗い神秘的な原生林の中、小さい小川の畔を登って行くとウィルソン株に着いた。
 この辺りは屋久杉が特に多く鬱蒼としていた。屋久の自然の中で特に巨大なウィルソン株の切株の洞穴の中で寝ることが前からの一つの夢だった。切株の中は広く、小さい木魂神社が祭ってあった。ちょっと気味が悪いがツェルトを掛けて寝ると、上の切株の穴から別の杉が数本、真っ直ぐに伸びている。その杉木立の梢から星が二つ三つ見えていた。夜中に子ネズミが出てきて起こされたけれども、思った通りの良いねぐらだった。

5月3日
 今日は早く起きた。真っ暗な中を小さな尾根に取付き登る。しばらく登ると空も明るくなってきて大王杉に着く。周り17mくらいの杉だ。この辺りが屋久杉の原生林の一番美しい所で気持ちが自然美に酔いしれてくる。そんなところを登って行くと、大王杉より大きいという縄文杉に着く。世界一の杉だそうだ。ここから5分くらいで宮之浦越に出る、ブロックの山小屋がある。宮之浦からの道と落ちあい左へ登って行く。森林帯から灌木帯へと行けば宮之浦岳や永田岳が見え出す、それは今まで登った山々とは全然違う感じの山だった。
 ヤクザサの中を行くようになる。永田岳が実に美しい。源流の美しい水がいたる所から流れている。更に登ると宮之浦岳に近い大きな尾根に出る。ここから永田岳に行くには右に美しいヤクザサの上の尾根道を少し下って行く。鞍部にザックを置いて永田岳まで急なジグザグ道を登って行く、頂上は三つのピークがあり展望は素晴らしく良い、宮之浦岳を始めとして360度に渡り心ゆくまで眺める。
 さっきの所でザックを取り、さっき登り着いた所まで引き返して宮之浦岳の登りとなる。道は急だが一汗も出せば頂上だ。今登ってきた永田岳を始めとして、これから行く翁岳から黒味岳などが見える。風が少し強くなり始めたので先を急ぐ。翁岳や安房岳などを巻いていくが、斜面には風のために小さくなった屋久杉やビャクシン、石楠花などが美しく楽しい道だ。黒味の分岐から黒味岳に登る。今日登ってきた山々を振り返り眺める。黒味岳を降りていくと花之江河に出た。湿原や屋久杉の委縮したものやツゲ、ミヤマビャクシンなどの老木で天然の美しい庭園がそこにあった。陽の光を浴びて見とれていると、心から山登りをやって良かったなあと思った。

5月4日
 夜中に雨が降り出した。物凄い雨でテントの中がびしょ濡れになった。花之江河が雨で沼のようになっていた。
 小杉谷に下り始める。雨の粒は大きく激しい。でもこれが屋久島の自然なのだと思うと実に嬉しかった。「雨に歌えば」など歌いながら下った。いたる所の小沢が水量を増していた。1時間も下った所で大きな沢に出た。水量が多く絶対に渡れなかった。歌を歌うどころではなくなった。足取りも重く花之江河まで登り返さなくてはならなかった。
 花之江河から今度は湯泊に下ることにした。烏帽子岳などの北斜面を巻いているので大丈夫だと思った。雨の中、全身びしょ濡れになりながら行く。やがて烏帽子岳などを巻いているところまで来ると、小さいと思っていた小沢が水量を増していた。棒で沢を渡ったり、頭から水をザーザー被りながらの連続だ。ここで流されたらもう終わりだ。命がけの渡渉を繰り返す。心の中で神様に祈りながら進む。
 ようやく尾根道に出る。やっと心の緊張が解けホッとする。雨が相変わらず降っているが尾根道なので安心だ。黙々と下る。猿の鳴き声が聞こえたりする。伐採しているところまで来ると雨も降ったり止んだりになる。
 急な道を更に下ると林道に出た。林道の下の川は水がゴウゴウと流れている。ヘゴなど亜熱帯植物が見られるようになり里の近いことが分かる。更に下ると海が見え湯泊に着いた。濡れたズボンやシャツを絞り、バスが来るまでガシュマルやハイビスカスなどの花を見ながらバスを待った。湯泊からバスで尾の間まで行って民宿に泊まった。安くて親切で食事も良く大変良かった。

5月5日
 朝、尾の間の共同風呂にいく。透きとおる綺麗な湯で風呂の下には小石が敷き詰めてあった。風呂から上がりモッチョム岳を眺めながら歩くのは良い気持ちだった。モッチョム岳を登るために民宿のおばさんに5月5日の草餅やあくまきを貰って隣の集落、原までバスに乗る。原で降りて登山道を間違って休んでいると、神社の宮司さんに会い、登山は止めて話をする。宮司さんの家で昼飯を御馳走になったり、千尋の滝を観にいったりした。宮司さんに「屋久島に来たらもっとのんびりしろ」と言われて、9時から5時ごろまで話をした。楽しい一日だった。終バスで安房に出て安房近くの宿に泊まる。

5月6日
 安房港から船に乗る。来る時の船より小さい船だ。船揺れが激しいが心の中は良かったなあと思う気持ちでいっぱいだ。船は鹿児島に進む。飛び魚が飛び交う海原の向こうには屋久島がまた来いよと言っているようだ。


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