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男体山~女峰山縦走
小島 作蔵

山行日 1972年9月23日~24日
メンバー 鈴木(嶽)、小島、永田

9月23日
 秋というものはスポーツをやるには大変良い季節でございます。また、旅をするにも大変結構な時季でございます。
 しかしながら、今は汽車賃、宿代などが高くなりまして、おいそれとは旅はできません。そこへいくってえと山登りなんてえものはスポーツ、旅の両方を兼ねていて、それでいてテントなんぞを持っていけば宿代もかからずに大変良いもんでして、とりわけて日光なんてえ所は汽車賃も安うございますな....。
 日光駅の改札口を出て右手に見える山、これが赤薙山でございます。
「まだ朝早いからバスが出ていないのかね」
「道路事情が悪いため、通行不能みたいだよ」それならタクシーで行こうとタクシーを待つが全然来ない。
「来ないねえ、タクシー会社へ電話したら」
「どうだった」
「いやあ、日光のタクシー会社は商売気がないね、当社は8時から営業開始です....だとよ」じゃあ別のところへ....と電話をする、今度は来るようでして、暫くするとやって来ました。
「何処まで行くの?」
「霧降高原スキー場まで」
「駄目だ、あそこはバスだって行かねえもん、バスが行かねえ所はタクシーも行かねえ」
「じゃあ行ける所まで行ってよ」
「霧降の滝までだよ、ところでそっちの人達は何処まで行くの?タクシー待ってても来ないよ」と別パーティーに行く先を聞いた。
「金精峠まで行くんです」
「そうか、じゃあ俺が行ってやろう、この人達を降ろしてから来るから待ってなよ」
「だって時間かかるでしょう?」
「なあにすぐだよ、10分くらいで来るからな」この野郎め、俺達ゃ、なにかついでに運ばれるみたいな気分になった。立派に舗装された道を、ものの10分くらい走ったろうか、霧降の滝へ着いた。
「ハイ着きました、これから先は行けません」
「なんだよもう着いたの、この先道だってちゃんとしてるし、行けるところまで行ってよ」
「バスが行けないところは行けません、忘れものはないですね、忘れものはないねッ、そう、それじゃあ、アリガトネ....」と言ってタクシーは戻ってしまった。
「なんだいこりゃ、いくらも稼げなかったね、スキー場は遥か彼方だよ....」ブツブツ言いながら立派な林道を歩く、昔から遠くて近きは男女の仲、近くて遠きはツンボの耳ではなくて、田舎の道の、例え通り、重荷を背にしてテクテクと歩く、遥か彼方のスキー場目指して、しばらく歩いて行くってえと、自動車が下って来た。
「アッ、自動車が通れるんじゃあねえか」登りの乗用車も何台も通りすぎて行く。
「アノ運ちゃん、嘘つきやがったな!」がっかりして道ばたで小休止をする。
「トラックが来たら、スキー場まで乗せてもらおうよ」
「アッ来た、なんだ乗用車か」
「ンッ?今度はトラックだよ!それっ、合図をしよう」
トラックを止めようと立上って手を振った。トラックには、子供連れの夫婦が乗っており俺達の手を振っているのを、挨拶とみてとったのか、子供が手を振り始めた。ついでに母親がニコニコ笑って手を振りトラックは、我々の前を通過して行った。残ったのは排気ガスだけ。
「チェッつかねえな、それにしても、あの母親も母親だよ、良い年こきやがって、手なんか振りやがって、仕方がねえ歩こう」
再びザックを背にし歩き始める。どうにか、スキー場まで来ました。リフトは動いてない(全くついていないね)。
一休みしようとラーメン等を作って朝食を摂る。そのうちマイクロバスが到着し、土地の人らしいのが沢山降りて来た。茶店も開き出した。
「オッ、リフトが動き出したぜ、ついてるね!」と喜んでると、永田さんが金を落としたらしく、アチコチ探している。
「どう?見つかんない?いくらくらいなの?」
「7000円くらいかな、タクシーを降りた時金を払うんで....、あの時落したんだよ、あの滝のところだ」
「そうかなあ、何かあの辺にはなかったみたいだぜ」
「そうだ、茶店のおばさんに頼もう」と、かなり必死の様子である。おばさんに帰る道すがら探してもらって、もしあったら届けておいてくれと頼んだが、「お客さん、お金というものは、人前に出よう出ようとするもの、だからもうとっくに拾われちゃってるよ、諦めなさい」
永田さんは、がっくり。とにかく行こうと、リフトに乗る。リフトは早い。どんどん高度を稼ぐ。なかなか面白そうなスキー場だよ。雪が降ったら来るかな、なんてえ事を考えながら終点へ着きました。リフトを降りスキー場の延長のような草原状の斜面を登る。やがて焼石金剛に着く。ここからは樹林帯の中を、赤薙山まで喘ぎながら登る。天気は悪化しガスがかかったり、晴れたりしている。永田さんのピッチが落ちている。赤薙山の頂上は、樹々が多く視界が利かない。突然樹々の中から、一人の男がポーッとした顔で現れた。与太郎のようだ。
「ここどこ?」
「赤薙山」
「夜中の2時から歩いてんだよ。道に迷っちゃって、霧降高原のリフトはどっち?」
「あっち、1時間半ぐらいで行きますよ」その男はポーッとした顔で去っていった。
 赤薙山頂からは、さしたる登りもなく、一里曽根を越し、台風の影響か時折雨のパラつく尾根道を女峰山へと、こけももの実やくろまめの木の実などを採りながら向かいました。ピッチの落ちた永田さんの調子は、かなり悪くなっていました。それでもどうにか女峰山頂へと立つことが出来ました。
 女峰山頂に来た時は天気も回復し、展望もバッチリでして、一際日光白根が西方の夕空に聳えているのが印象的でござんした。
 予定だと、ここから帝釈山を越し、富士見峠で幕営し、明日は小真名子山から男体山へのコースでございましたが、明日の天気もかんばしくなさそうなので、予定を変更し前女峰の唐沢小屋へ泊って、明日下山し、時間があったら東照宮などを見て帰ろうよ、と山頂を後に小屋へと下り始めました。
 薄暗くなった頃小屋へ到着、小屋は満員なので、小屋のそばに天幕を張りました。永田さんは完全にダウン。食事も受付けずただ、シュラフに潜って苦しがってるだけでした。他の二人は、ウィスキーを飲んだり何かを食べたりしてました。
9月24日(小雨)
 パラパラと天幕をたたく雨音で目を覚ましました。今日は下るだけなので気分的にのんびりしてます。永田さんも元気になり、ものを食べられるようになりました。雨の中で天幕徹収し、二荒山神社へ向って下山を始めました。雨に濡れた急な道で時々転びました。
 雲龍の観瀑台に着いた時は、雨もあがって良い眺めなので一休みしました。従横に滝の連らなる雲竜渓谷の眺めは、実に見事な観を体しておりました。一方反対の方は、雨上りの空に名も判らぬ緑濃い山々が連らなり、一幅の山水画を見る様な風情で、実に「日本の山だなあ!」なんてえことをモンチャンが言ってましたけども、これまた結構毛だらけ猫灰だらけでございました。
 いつしか急な道もなだらかになり、気ままに休みなどをとりながら、また昨日金を落したことが話題に出ました。
「どうも良く考えると車の中で落したようなんだ」
「茶店のオバさんも言ってたように、金なんてえものは落ちてりゃあすぐわかるよ。きっと車の中だったんだよ」
「そう言やあ、アノ運ちゃんいやに忘れものないねッなんて念を押してたもんな」
「アリガトネッなんてえことも言ってたし、きっとあの運チャン、知ってたんだよ」
「それにドアを閉めて立去る時も速かったもんね」
「チキショー、あのタクシーめ」と悔んでみてももう遅い。
"後悔を先に立たして、あとから見れば、つえをついたりころんだり"
 わいわい言いながら、いつしか道は杉木立の道になり、東照宮も近いということで、途中河原へ降りまして汚れた靴や顔を洗い杉木立の道を東照宮へ、東照宮へ着いた時は大変な人出にびっくりし、オミクジだけ買って中へ入らなかった。オミクジは、永田さんが小吉、他の二人は、吉と大吉だった。
 次いで二荒山神社へ行き、輪王寺へと行ったが結局どこへも入らず日光駅へと向いました。永田さんは、しばらくおとなしくしているそうです。永田さんに、今回の山行の感想を聞いたら、きっとこう云うと思います。
「今回の山行は、エベレストを登ったような気持です。大変高い山でしたから....」


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