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鹿岳
長崎 由岐子

山行日 1973年4月21日
メンバー 小島、別所、長崎

 下仁田よりタクシーで漆原の集落に降り立ったのは、既に日射しも強くなった午前10時近く。直ぐに荷を背負って歩き出す。
 小さな流れに沿って道は緩やかな登りを続け、農家の花の咲き乱れる庭先をかすめてやがて樹林帯に入った。山仕事に向かうらしい老人に出逢ったが、その人と別れるともうその日は木々岩峠まで誰にも逢わずじまいだった。
 道はいよいよ山道らしくなり流れも深くなった頃、沢を左手に見送って(後で気付いたのだが、沢に沿って行くのだった)杉の伐採地に出た。道を間違えたと気付いて左手の斜面に取付く。薮の中へ頭から突っ込んで無理矢理出た所で呼吸を整え、再び登りにかかると直ぐ、つつじの咲く尾根に出た。
 鹿岳の双峰が大きく険しく前景にある。昼食を食べながら一体どの尾根に取付くのか、いずれも急登の尾根を恨めしげに眺める。しかし歩き始めると、下っていると思ったこの痩尾根は直ぐに急な登りとなり、薮を漕いで行くと鹿岳北峰直下に出た。
 荷を置いて南峰へ向かう。南峰は岩場になっている。岩に腰かけ足をブラブラさせ下を覗くと、こんもりと温かくふくらんだ低山の緑、集落のトタン屋根や道が白く光っていて高曇りの空には岩つばめが舞っている。私は自分が鳥になってこの風景の中を飛んでいるようなな錯覚に落ち入った。
 何処か下の家から音楽が流れている。私達は微笑をかわし合い北峰直下に戻って北峰に取付く。取付点が悪くて登れるかと不安に思ったが、直ぐにピークに出た。一休みして地図を広げる。次の目的地である木々岩峠までは幾つかのピークを越えてもそれ程遠い道程ではないが、はっきりしたルートはない。歩き出して暫くは尾根道が続いていたのが、突然に切れて薮の中をトラバースするはめとなった。全く歩きにくいことといったら、もうどうにでもなれという感じ。痩尾根に戻ったと思うとまた行き詰って、岩峰を巻くために薮の中に入り込む。
 やがて濡れた岩の露出した急斜面に出た。ザイルを使うことになる。私のみ懸垂下降も知らず、腰にザイルを縛りつけられ、四苦八苦の末降りる。再び尾根に戻り休む。今の奮闘でガックリした私が靴に入った枯葉なぞ出していると、ポツリポツリと雨が降り出した。木々岩峠まで出たら、ビバークは諦めて下って鉱泉に泊ろうといわれる。嬉しい。足取りも軽くなって峠に向かう。
 峠は本当にわずかの道程でワラビを採っているらしい人の姿も見える。直ぐに馬居沢の集落へ下る道に分入る。途中、植林地帯に出た。ガレ場で歩く毎に石が崩れて杉の苗が埋もれてしまうので困ってしまった。
 ひどくなってきた雨を嫌って傘をさし出した頃には道もよくなり、やがて馬居沢に着く。バス停を捜し坂詰まで行く。しかしバスの都合が悪く一時間半も待つはめとなった。バス停近くの酒屋の軒先で、しとどに隆る雨の、車のヘッドライトに浮かぶ白い雨足をボンヤリ眺めて時間を潰す。一時間程たった頃、酒屋の人が可哀そうに思ってか荒船鉱泉まで車に乗せて行ってくれる。
 電話をしておいたので無事夕食も済ませ、鉱泉にも入り、ビールも飲んで早目に床に入る。夜中、毎々目を覚す。雨音が増々ひどくなっていて、明日一緒に物語山を登るはずの後発隊は来るのだろうか、とふと思う。


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