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丹沢・悪沢
稲田 竹志

山行日 1973年6月3日
メンバー 小島、別所、播磨、稲田、長崎、柴田

 あっしら総勢3名は、丹沢の谷我の駅より夜中にタクシーで中川温泉までふっ飛ばしたでやんす。それから先の箒沢山荘までは、40分くらい歩いたでやんす。しかし皆さん、この夜道を歩くのは実に怖いもんでやんすねえ、いえそれと言うのも、さっきのタクシーの運ちゃんが、去年の集中豪雨の犠性者の遺体が河原のどこかの砂利の下に埋まっているはずだなどと、そら恐ろしいことをたっぷり聞かせてくれたからでやんすよ。ものの10分も歩かぬうちに、薬が効いたでやんした。その犠性者の亡霊が大勢集まって酒盛りをひらき歌を合唱しているような、酔っぱらった歌声がはっきりあっしの耳に聞こえるではありませんか。「ギェーッ!!、ギャアーッ!!、たしけてーっ」とあやうく叫びそうになったでやんす。一瞬、体中の汗がサアーッと引いたでやんす。こんなことが今の世の中、あっていいもんかと立ち止って恐る恐る辺りを見まわしたら....(シーン)....「ホッ!!「だあれもいない」お隣りの播磨さん、柴田君の顔色を覗くと何もなかったようなお顔、落ち着いて考えてみるとなんのことはない、沢の音が辺りに変則的にこだまして人一倍、神経質な内向的あっしの耳にだけ聞こえたようでやんす。このことを播磨さんに話そうかと思ったでやんすが、あっしも山岳会に名を置いている以上、杜会的、一般的通念上、山男の端くれでやんす。たとえ端くれでも男にゃあメンツがあるでやんす。ここで慌てちゃ男がすたる。また、後日物笑いのタネにもなりかねないでやんす。予定では、今日はあっし一人でこの夜道を歩くはずでやんしたが、もしそうなっていたら次の朝この道で、口から泡をふき狂い死にしたあっしの姿があったでしよう。
 デカルトさん曰く、格言その1、
  皆さん夜道は、気をつけましょう。
 そんな思いの中でやっと山荘に辿り着き今朝から山に来ている本隊に合流(小島さん、別所さん、長崎さんの三名です)。
 次の朝、パッチリと目覚めたあっしら6名の目指す所、その名も悪名高き、「悪沢!!」今日の予定は、沢登りと岩場にて岩登りの練習でやんす。全く経験のないあっしは、ヘルメットを前後逆に被り失笑をかう一幕もありやんした。いろんな確保技術やザイル操作など、大変勉強になりました。ザイル技術などは少くとも基礎だけでもやった方が万一のためにも良いと思います....が、本音をはくと最初は誰でも「ザイルを信頼しろ」と言われても、ニュートンさんの万有引力の法則がチラリと頭に浮びやすね。こんなあっしに確保などして下さり、あちこち傷だらけの小島さん、太当にありがとうございました。
 たまには沢や岩など楽しからずやと、そんなムードで今日の行動は終了でやんす。さあ、あとは通称テント病の特効薬こと、酒と温泉が待つだけでやんす。「ビールちゃんビールちゃん」とうなされる人ありて、ここで一句。
  下山どき つい足早に のんべかな
 今日は終始ボーッとしてたあっしでやんした。何を隠そう、あっしも傷つきやすい、悩み多きお年頃?言うに言われぬちょいとした訳があったでやんす。でもそこは単細胞、気分転換になりやした。まあ世の中いろんなこともあるわいなと、気をとりなおし帰りの電車では例のカジノをひらいたでやんす。その電車が、ロマンスカーとは当会の山行も優雅になったもんでやんすねえ。


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