トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ222号目次

那須井戸沢遡行
長崎 由岐子

山行日 1973年8月25日~26日
メンバー 別所、柴田、稲田、渡辺(剛)、長崎

 茶臼岳例会山行に加えてこのところ夢中になっている沢登りをやろうと、例のごとく例の3人が8月25日の夜、上野を発った。
 計画では、第1日目は甲子温泉に出て阿武隅川支流一里滝沢を遡行、三本槍を通って三斗小屋温泉泊。2日目は井戸沢を遡行し、三本槍で係の稲田さん違と落ち逢うという意気込みのものであった。しかし、白河駅にてビバーク中、雨が隆り始めたため黒磯に戻り、茶臼岳に向かう。雨と風の中の山頂では硫黄の臭いに壁易し、噴煙の噴き出る物凄い音に怖れをなす。
 峰の茶屋にて雨の弱まるのを待って朝日岳の岩稜を歩くことになった。雨具の上からヘルメットをつけ、東南稜を登る。なかなか面白い形をした岩峰が連続するが、スケールが小さく、視界の利かないことも手伝ってか怖さが感じられず、あっけなく登り終える。朝日岳より陰居倉を経て三斗小屋温泉へ向かう道は、高山植物が多く、特にリンドウの蕾の明日にも咲こうとしている様や、コケモモの実の日の当る様も可憐であった。
 翌、26日。夜の明けるのを待って出発。湯川沿いの林道を三斗小屋宿へ向かい、井戸沢出合の河原で靴をワラジに履き替える。山ブウの実の未だ青く堅い枝を分けて、岩のゴロゴロした沢に入る。しばらくは伏流帯が続くが、堰堤のような平たい滝が現われると、ナメや滝の連続となり、巻くこともなく快適に登る。沢が右に急角度で曲った所のF3のナメで、下段を難なく越えた後、上段はシャワークライミングと決めた柴田さんが、苔に足を取られて落ちるというアクシデントが起った。頭を打ったが、ヘルメットとザイルに身を守られたので一時的な失神のみで済んだ。しかし、時計の金属バンドで腕を切ったことは皮肉な結果であった。
 ここで暫く休んだ後、再び遡行を開始する。落ちた本人は、気を取り直してトップなぞに立つが、私はもう足がすくんでしまい、スラブで滑ってニッカーを切ってしまったりする。
 やがて青空の下に稜線が見え出す。F8横向ノ滝なぞという面白い滝を登ったりしてるうち怖さを忘れ、両岸が迫って来てもいつまでも現われる滝に嬉々とする。やがて現われた最後のチムニー状の滝も快適に登り終え詰めて行くと、沢はいかにも源頭といった感じで笹に覆われ、苔むした岩の間にわずかに水が流れていたが、それもなくなって身の丈程もある笹を掻き分けての急登となる。沢でだいぶ奮闘したので苦しい。流石山左側稜線に突さ上げたのは10時40分。丁度4時間の遡行だった。
 流石山山頂より大峠へ。快い風の中を下り、峠の「会津田島へ」という指導標に(後で調べた所によると、この峠は別名会津峠ともいうのだそうだ)憧れの会津駒を思ったりする。
 しかし、ろくに休ませてはもらえず、三本槍の登りにかかる。午後1時までに山頂に行かねばならないと、リーダーの別所さんに叱陀激励され、すっかり秋めいて遠くなった空の下枯れ始めた木々の中を喘ぐ様にして登る。
 山頂でツェルトを張って待っていた稲田さん、渡辺さんに迎えられ、温かいコーヒーを飲ませてもらってやっと元気が出た。
 やがて5人そろってハイイマツと石の庭園のような清水平を抜け、長い中、大蔵尾根を辿って、北温泉へと下った。

〈コースタイム〉
8月25日 ロープウェイ駅発(9:00) → 茶臼発(9:40) → 峰の茶屋発(11:30) → 朝日岳発(12:47) → 隠居倉(13:35) → 三斗小屋温泉着(14:00)
8月26日 三斗小屋温泉発(5:00) → 井戸沢出合発(6:30) → 流石山発(11:30) → 大峠(12:10) → 三本槍発(14:35) → 清水平発(14:55) → 北温泉着(16:30)

トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ222号目次