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戸隠山~高妻山
松谷 洋美
真木 直彦

山行日 1973年11月3日~4日
メンバー (L)別所、川田、柴田、能地、桜井、松谷、真木、多部田

11月3日(松谷)
 松谷君、ご自慢の乞食帽を被って上野へ向かう。足取り軽く心も軽し、くわえ煙草に火を点けりゃ、吐き出す煙も嬉しそう。
 三峰からの初山行。戸隠の名は聞いたことがなかったが、どうしてなかなか個性ある山らしい。北アの近くにあるのも気に入った。
 長野には4時過ぎに着く。夜行列車では小学生の遠足前夜のような心理作用が働いて、眠れない性質なので厳しい。遂に寝入りばなに起こされる身となった。長野はいい雰囲気だった。城郭のような駅に先ずは感激。腹にエサをかきこんで、すぐ車で登山口へ。
 夜明けと同時にテラテラした道を行く。1時間した辺りから道が怪しくなった。沢に道が消える。この辺りで約1時間徘徊することとなる。皆、慎重になっている。僕は初冬の風に心地よく浸り、静かな木々に魅せられてこのままでもいいな、という感じで無精を決め込む。兎に角道が見つかった。と言っても、まだ傾斜の少ない道で、これでは後半思いやられる。昨日の睡眠不足のためか、曇り空のうら寂しい山道のムードにのって睡魔が襲う。歩きながら眠くなるとは何という不真面目さだ。
 突然険しくなり、しばらくして岩場になる。ぐんぐん高度を稼ぐ。時々晴れ間から下界が覗けるが、高所恐怖症、平衡感覚ゼロの自分にとっては、あまり有難くない。鎖にしがみつき、虫が這うように登り詰めるとやっとのことでピークに出る。眠気等はもう何処へやら。
 これから西岳、八方睨へと縦走にかかる。稜線に出ると後は楽だと思っていたが、このコースも上から下へ、下から上へとまた、崖あり藪ありで相変わらずだ。ここから落ちたら死ぬだろうなァとか、よくまあこんな所に来られたものだと、呆れたり感心したり。今日の行程の最後は八方睨への登りだ。足元から天に向かって一基に突き上げている尾根の傍に申し訳なさそうに道が細々と続いている。首を痛くなるほど曲げると狭い頂きに見るからに不安定に小屋が乗っかっている。まるで鬼でも住みそうな所だ。  頂上からは日本の山並みが一望に収められる。八ヶ岳、北アルプス、南アルプス、富士山、谷川岳、遠く奥秩父までシルエットとなって続く。こういうのをパノラマって言うのだろう。感心しているうちに夕闇が迫る。
 さすがにテントに7人も入ると賑やかだ。皆がこの時とばかり酒を飲み出す。こりゃいかんと水で渋々お付き合い。呂律が回り難くなる被害者も出て夜のテントは大賑わい。
 テントから出てみると満天の星、空気がうまい。イカンイカン、星なんかに見とれる男じゃないぞと。明日のことを考える。と些かキザなフィナーレで僕の山行記は終わるのです。

11月4日(真木)
 私達は八方睨に立ち四方を眺める。
 東の空は朝焼けで赤い絵の具を水に流し込んだような光景をもようしている。遠方には富士山が、八ヶ岳、槍ヶ岳が見える。白馬の大雪渓がやけに白い。アルプスの山々は今まさに私達の目前で夜明けを待っていた。空気は冷たい。その冷たさは私達の身体を優しく愛撫する。
 2日目の行動の始まりである。
 私達は列を作って歩み出した。太陽は未だに顔を見せない。地表は凍り、4、5センチの霜柱が乱立している。手で掬えばたちまち崩れ去る。太陽が私達を照らし始めたのは戸隠山付近に差し掛かった頃であった。
 八方睨から一不動まで休まず歩き続けた。下方に時折、戸隠奥社が見えた。
 奥社から見た戸隠の山並みは凄まじい。私が以前奥社に来た時、果たしてあの山に登れるのかしらと思ったほどである。そして今私はその尾根を歩いている。不思議な気持ちだ。私も成長したのかしら。
 恥ずかしいことだが私は遠くに勇壮と聳える高妻山を戸隠山と勘違いし、あそこまで持つかしらと思ってすっかり意気消沈してしまった。一不動に着いて初めてその間違いを知った次第である。山の経験が浅いため山での距離感がつかめないのである。
 また長きこと山らしい山に入っておらず、そのためか足の重きこと他の比ではなかった。初日の疲労も出て来たらしい。少しは体力に自信があったのだが脆くも崩れ去ってしまった。このような時、女ならば泣くのであろうか。切れ落ちる絶壁は私を招くかのよう。時折私はよろめく。私の後ろの人はさぞや肝を冷やしたことであろう。
 私の疲労は一不動に於いて松谷君と水を求めに下った頃が最高潮であった。高妻山までのピストン行動を止めて一不動に留まろうかと考えたほどである。
 一不動で食べた『りんご』は、とっても美味しかった。誰の差し入れであったのだろう。私の疲労はその時点から回復に向かったのである。その人に感謝せねば。珈琲ぐらいは御馳走しよう。さあ名乗ってください。すぐに珈琲を飲みに行きましょう。手に手を取って。しかし、男ならばそうは行くまいて。
 疎らに見える雪は私を夢の世界に引き込む。山行中に幻想の世界に足を踏み込む人はいないだろうか。私は白い雪のキャンバスに様々な思いを描く。過去の思い出。時折、顔を打つ笹の葉で我に返り苦笑するのである。
 高妻山への急登が過ぎると長く連なる岩積に出る。山頂はもう目前である。
 山頂の眺めは八方睨以上に素晴らしいものであった。空には雲一つない。周りの山々に私は精一杯の微笑みを送る。誰でも思いは同じであったろう。
 高妻山から一不動に下り、しばらく休みて里へ。後は記す必要はないと思う。私達には冷たいビールが待っているのみである。私の心も次第に幻想の世界からビールに傾いていったのである。
 さあ、共に飽くまで酒を飲まん。

〈コースタイム〉
11/3 上楠川(5:45) → 二股(7:00) → 登山口(8:00) → 天狗原通過(8:20) → 猿の岩場(11:07) → 無念の峰通過(11:35) → 蟻の戸渡り(11:55) → 西岳キレット通過(13:50) → 本院岳(14:17) → 板倉清水14:50) → 八方睨(16:15)
11/4 起床(3:00) → 八方睨発(5:55) → 一不動(7:15~8:15) → 五地蔵山通過(8:55) → 高妻山(10:25~11:00) → 五地蔵山通過(11:55) → 一不動(12:30~12:55) → 牧場着(14:15)

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