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北ア縦走
真木 直彦

山行日 1954年7月25日~8月5日
メンバー (L)能地、真木、山本、甲斐、柴田、春原、長久、桜井

 山行感想文は、山から下ってすぐに書くのがよいようだ。既に2ヶ月も過ぎ去った今となっては北アも色あせて、ぺンが重くて困る。とは言え、Kさんの恐しい顔がちらつき、その背後にはIさんが仁王立ちしている。やはり、少しでも書かなくてはなるまい。
 蓮華岳を少し下った場所で雷鳥の親子を見掛けた。また、南沢岳を目指している途中、カモシカに出合った。山で生き物と接することは素晴らしい。しかし、山に於て生き物と顔を会わすことは希である。山屋は狩人ではないと言われればそれまでなのだが、第二合宿の話を聞くと、常に生き物が身近に感じられたという。夜などは鹿の鳴き声で眠れなかったそうである。草木があれば、高度があれば山であるとは言えないであろう。山に行けば野生の生き物に会えるのが自然である。生き物は動物園に住むものだと考えている人とは私は遊ばない。
 北アの3000m級の山に誰でもが気がるに行けることはよいのであろう。より安易に登れるように山小屋はちょっとしたホテル並み。キスリングは北アでは異邦人的存在でさえある。アタックに着がえと金だけを入れてホテルへと颯爽と走る。これぞまさしく現代的縦走である。北アは狂っていると感じるのは私だけかしら。今、他の山々も北アの仲間に加わろうとしている。山小屋にはネオンが輝いていると思っている人とは、私は口をきかない。
 北穂高を登っている時、滝谷に挑戦している男らが見えた。私は岩壁登攀の経験はない。岩壁を登る、ただそれだけを頑強に追求することは、ある意味に於ては確かに素晴らしいことであると思う。岳人の鏡であろう。しかし、何か淋しく感じられるのだが。何かが加わるような気がする。人生はゲームであっても登山は決してゲームとは言えない。山に登る道は一本でいい。何本もいらない。
 北アには3000m級の山が11座、2500m級の山が43座程がある。今回の縦走で20座ほどの山に靴の音を響かせて来た。ただそれだけであった。キザと思わないで欲しい。本当にそれだけであったのである。雷鳥とカモシカに出会ったのがせめてもの救いであった。

思い出の夏山
春原 君代

 今にも泣き出しそうな空模様だったが、白馬尻小屋付近は中学生の一団も交え、相変わらず大賑いであった。スプーンカットの斜面でポールに挑むスキーヤー達を横目に、ガスに煙る雪渓を辿る。中程に少し急な斜面があるが全体の斜度は大したことはない。それでも重荷の場合はアイゼンを着けた方が安全だ。左手上方では絶えず石なだれの音が不気味に響く。雪渓の中ほどで降り出した冷雨も、小雪渓を横切る頃には止み、お花畑の中の道にようやく安心し、花々を眺めながらゆっくりベースヘ。重荷のために四人のメンバーのうち、二人も足がつってしまい、ペースも遅かったが、市販地図に示されたタイムとはそれ程差がなかったように思う。幕場に着いたのは4時だったが、めぼしい場所は既に、殆んど設営済みで、人の多い夏山こそ幕営地には、できるだけ早く着くべきだと痛感した。(キビシイーのだ)
 さて翌日は白馬岳往復から始まる。未明の山頂は夢の島よろしく人だかりがもの悽く御来迎の感動もなかった。山頂ホテルも大きく立派でヨーロッパの風景を想わせる一角だ。妙高連峰は雲に覆われていたが、西の剣、立山連峰は黒部峡谷を隔てくっきりと浮かび上り、一日中つきあってくれた。
 いよいよ縦走路へ。きょうの行程は思うだに長い。稜線の風はさすがに涼しく心地良いが、私達ときたらまるでアリンコか亀のようにのろのろのろのろ。こんなペースは夏冬通じて恐らく初めてだった。昨日より重く感じるザックの下からうわ目がちに、追い抜いて行く人々を随分見送った。それでも、とにかく動いてさえいれば、実に驚くべき距離を踏破してしまうものだ。しかし、次第に休憩の間隔が短くなり、天狗の大下りを下ったのが午後2時。この砕石のガレの大下りも転倒せぬよう緊張と冷や汗、油汗の連続。ようやく足元にハイマツの緑が現れると心底ほっとして緑の有難さがつくづく身に浸む。口数少い甲斐さんも「緑が尚更きれいに見えるね。」と呟いたものだ。
 非常にバテ気味のパーティとなり、ここできょうの五竜までの予定の変更を決め、唐松までとした。長久さんとの約束が気に懸るが。今は唯、目の前の道を進む以外にない。不帰ノ嶮が待ち溝えている。
 ガスで全く隠れている嶮の手前、I峰のコブで一と息入れる。と、一瞬ガスが切れ、天を突く尖峰が頭上にのしかかってきた、その時の驚きびっくり仰天とはこういうのをいうのだろう。思わず声を発してしまった。下部がガスに隠れているので異様に高く威圧的に感じられたのだが。ガスの中からその全容が現れてみるとうそみたいに低くなってしまって....。
 それでもやはり、それを越えて行くのは困難に違いない。重いザックが必要以上に気にかかる。リーダーの声に励まされて、一枚岩にかかる鎖を手に取り、慎重にホールド、スタンスを求めてルートを辿り始める。鎖とはしごの連続。気が遠くなるほど長い登り降り。息を休める場もない。岩にでも縋りつきたい思いにかられながら、信州側、黒部側と辿るうち、ようやくⅡ峰を越え、一同ほっとする。これは本当にほっとしたのだ。ガイドブックでは、それほどのこともなさそうだったし、多くの人が何事もなく越えているのをみると自分が必要以上に緊張していたのだろうか。少しの登りで唐松山頂だ。下にテント群と小屋が見えると、ようやく一日の緊張から解放された。小屋よりずっと手前から、長久さんの「モートー」が聞こえた時は本当に「よかった!」と思った。嬉しかった。
 熱いコーヒーをすすり、外で遅い夜食を摂りながら、パーティの調子もよくないので計画を変更し、明日は全員下山をし、針ノ木からの再入山を決めた。白馬から西穂への縦走。やはり遠く、長い道のりだ、としみじみ思う。この短い間に、いろいろな事を教えられた。もう外に居るのも私たちだけだ。夏の夜もしんと冷え込んで、 星空がきれいだった。


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