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鳳凰三山、夜行日帰り
甲斐 正信

山行日 1974年10月10日
メンバー (L)別所(進)、別所(由)、庭野、甲斐、平、勝田

 どっしりと青く奥深く重なり連なっている南アルプスは、なんとなく九州の山々に似ていて懐かしさを感じる。前から南アルプスは憧れていたのだが、今回の山行は何となく行く前から憂鬱だったのはこの山行が冬山合宿の訓練山行であるため、”訓練”という言葉が頭の中にあったためだろう。今回は一泊するところを夜行日帰りでやろうということである。所要時間15時間。新宿を出て2時間半、そこはもう甲府であった。眠らなけりゃ明日はバテるぞと思うけど気は焦るばかりで結局眠れず。せめて30分でもと夜叉神までのタクシーの中で眠ろうと思ったのは甘かった。あのくねり、くねりと曲がった道をこの運ちゃん景気よくぶっとばすのである。山に登る前にタクシーと心中なんてごめんである。前の座席をぎゅっとにぎりしめ目をむいている恰好は今思い出してもおかしい。どうにか無事に夜叉神に到着。ここで北岳バットレスヘ挑戦する松谷、多部田両君のタクシーと別れ満天の星空の下いざ出陣。しーんと静まりかえる夜道に落ちた枯れ葉をけりながら、いつも夜中にだって頭の奥にブーンという音が止まない都会から逃れひさしぶりにしみじみと静かさを感じ、山の夜を味わいながら歩いたのも夜叉神峠までである。それから夜が明けるまでまるで夢遊病者のように歩き続けたのである。どこをどう歩いたのかさっぱり思いださない。ただ一本とり休むたびにわずかの間でも寒い中眠りこけたところと、途中見た甲府の町の夜景は、その時だけは目が覚めしばらくうっとりしたことだけは頭の隅にはっきり残っている。3時間の夢も苺平で朝を迎え、すぐ目の前に雪のついた北岳がピンク色に染まりそして次々と色の変る様はカメラを忘れ撮れなかったが、心の中に印象深く残っている。しばらくそこで朝の景色を楽しんだあと、南御室小屋で朝食をし歩くこと2時間半、パアーと目の前が開け異様な明るさにおどろいた。真白な大小の岩や小石が太陽の光をうけ輝き、それに強風により型どられた這松がいい感じで調和し、どこかの城の庭のようであった。なんだか小学校の遠足に来てるみたいな気持になり、うきうきしながら観音岳を越え地蔵岳へと。昼食をとったあと別所さんとオベリスクを一周した後オベリスクの頭へ登る。上からの眺めはまた気分が違うせいか素晴らしく、八ヶ岳とその裾野の甲府盆地の地形もまた印象的であった。それからの長い急な下りは嫌になるほどだったけど山の上の明るさを思うとまた天気のいい日弁当とカメラかかかえて来てみたい山であった。みんな、眠らずの行動や帰りの林道で庭野さんにのせられ必死のきのこ取りや、ぼくと勝田さんは年がいもなく木に登ってあけび取りをしたり、そんなことで疲れたのか帰りの汽車は新宿に着くまで皆ぐったりと眠りこけていた。

鳳凰三山縦走
別所 由季子

 10月10日未明、私達一行6人はタクシーにて夜叉神荘前に降り立ち夜叉神峠へ向かう。闇にも増して眠気と寒さが重くのしかかり、誰もほとんど口をきかずに峠を過ぎ、杖立峠への階段状の道にさしかかった。
 この山行は冬山訓練の一環として通常1泊2日のコースの鳳凰三山を夜行日帰りで穴山橋まで歩こうという言わば体力テスト的山行で、体育の日なぞを選んだのもそれを意識してのことらしい。私としては初めて登った山でもあり、今日が3回目の登山でもあった。それにしてもいつ来てもこの道は長く暗く単調で、襲ってくる眠気のために足許がふらつき随分と辛い思いをした。山火事跡でやっと朝日の中に入り振り返って富士を見た。白根三山も見える。紅葉は終わりに近づき赤と言うよりは茶に近い山肌である。やがて南御室に着く。小屋の中で朝食を摂り元気を取り戻して薬師岳へ向かう。この山行では南御室を境にして趣を異にしている。これより先はアルペン的風景が日の光と共に誰の胸をも膨らませる。砂払、薬師、観音岳の山頂は花崗岩の白と這松の緑とが見事なコントラストを見せ、またそこからの展望の良さは南アの前衛の山らしく素晴らしく皆寒風の中で飽きもせず眺め続けた。薄っすらと雪のかかった白根とそれに続く南アの山々、雲海の向こうの北アの山々。
 地蔵岳ではオベリスクの岩に攀じ登り、中でも若手二人が頂きの岩をアタックする。鳳凰小屋は美しい紅葉の中にあった。10分ほどの休みで腰を上げ御座石鉱泉へ向かう。まだまだ先は長いのでかなり速いペースで下り続ける。鉱泉のマイクロバスに期待したが、鉱泉の建物を通り抜け平坦となった道を歩き続けると一睡もしなかった足はどうしようもなくだるく、少々不機嫌と相成った。しかし、カラマツの下のアミ茸との出合い、アケビやクルミ、ガマズミ等との出合に疲れも不機嫌も吹き飛んで大騒ぎで採り始める。
 何とか小武川の渡渉地点まで来、平川峠への道へ入った。深々と草に覆われた道は細々と曲がりくねり、ほとんど歩く人もないのであろう。草の匂いばかりする道である。峠は気付かずに通り過ぎてしまうほどであった。
 日が暮れ出し、見えたと思った町の灯りは遠くてなかなか近づかない。重い足を引きずりながら穴山橋のバス停に着いたのは丁度6時。行動時間16時間の長い山行であった。


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