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茂倉岳
私が見た上越国境のアドリブ幻想曲
多部田 義幸

山行日 1974年11月23日
メンバー 野田、別所(進)、別所(由)、川田、春原

 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった....。ホームへ出ると雪の冷気が流れ込み駒子や島村たちが彼を迎え出るはずであった。だが閑散とした田舎の駅には、一人ぽつんと改札の駅員が立っているだけだった。無愛想な駅員は彼から一枚の切符を奪い取るかのように受け取ると”山ですか”と一言いった。彼はそれに答えようともせず、キョトンとしたまなざしで沈黙の辺りを見回していた。そして再び確かめるかのように、土樽という文字に目をやる。そしてここは国境の長いトンネルを抜けた最初の駅のはずである。辺りは闇に包まれ、張り詰めた緊張がいっぺんにほぐれ、彼に疲れを誘った。真夜中のセメント色の一本道をカタコトと山靴の音を響かせ、闇の中に消えて行った。
 白い世界。朝日は彼を迎え、彼はそれらに慰む。真白な雪、真白な羽毛、真白なシール人形、真白な心、みんな無垢です。そして、答案用紙の白紙も白だった。五線譜も白、空白も白、なんにもありません。白い世界に何を思います。白と青が重なり合って、青春のアドリブ。白と赤が溶け合って、恋人たちのメロディー。白と緑のモザイク模様、いったいこれはなんだろう。地球の上にまだこんなに白があったなんて、なんて驚きなんて幸い。みんなで色投げ遊びをしませんか。
 シュトラウスの喜歌劇「コウモリ」序曲より、白いマドンナたちが踊り出た。彼女たちは一体となりマドリガルを唱い始める。その彼女たちの中に一人だけ毛色の違うマドンナが私を見ている。それは暗黙の浜辺のようだ。蒼白い波が幾重にも幾重にも押し寄せる荒涼たる世界。楽しさも、淋しさも、悲しみもない美しさがある。それはきっと人目も引かぬ暗黙の世界。耳を塞いでも塞いでも絡みつくお前たち、自由にしておくれ。こんな幻想曲に山並みは全てを包み込まれる。そして、銀の河へと入るのである。


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