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追憶
庭野 幸子

 私が正式な山というものに登ったのは中学二年の時でした。夏期訓練で苗場山に登ったのです。登る道すがら不思議なものを見つけました。白く透きとおっていて、特にその花と思われるところの真中は鮮やかな水色なんです。こんな花は初めてでした。山というところはこんな不思議な美しい花ばかりなのだろうか?そっと採って(根はどうしても採れませんでしたが)濡れたハンカチで包んで頂上で付添いの先生に聞きました。
「せんせ、この花の名前何ですか」
 その先生ハンカチの中で茶色に色を変えた植物を見て、おもむろにポケット植物図鑑を開き、「これはナンバンギセルという寄生植物だ」....嘘をつけ....この一言で私はギンリョウソウを高校に入って植物を勉強するまでナンバンギセルだと信じていました。
 その苗場山の頂上は青く広く、7月末なのにまだ雪が残っていてチングルマやタカネリンドウが一面に咲き誇り、今日みたいに道の周辺は荒れていなく歩くたびにリンドウを踏みつけ、可愛そうで爪先立って歩きました。
 その時の小屋のランプの灯と御来光の素晴らしさ、雲海の雄大さを忘れられません。
 今でも一番心に残る山は田舎にいた頃、志賀高原の奥になる岩菅山を登った時です。東館山のロープウェイから2時間ちょっとの短時間で行けるにもかかわらず、取り残されたように静かな山で人一人出会わなかった。
 一日目に見たブロッケン、あの空を焼け焦がした夕日の素晴らしさ。暮れてゆく頃の空の紫色、そして満天の星。寒さに震えながら1時間も流れ星を数えていたっけ。とうとう眠れず、そして見た朝焼けから日の出への移り変わりの不思議。一人も出会わず野には秋の色のつりがねにんじんが青く染まっていた。
 自然の条件が全てにおいて揃ったから特に感じたのであって、同じ所にもう一度行く自信がない。それだけ条件の揃う時は今後何度あるのだろうか。
 またある時はアルプスに憧れました。3000mの高度に、名前に憧れました。そして4~5回登りました。今考えてみて何か心に残っているでしょうか。展望の素晴らしさはありました。登っ満足感はありました。でも私の好きな花は、珍しい花々はあっても岩の間にひっそりと、砂の上に這いつくばって、色は鮮やかでもみずみずしい緑色がないんです。あの一面の緑の花畑を見た時のように心がウキウキしないんです。気持ちが安らがないのです。
 結局私には有名な山、人の大勢いる所とは遠くから眺めるものだ、味わうものでないということを改めて知りました。そしていかに越後の山々が素晴らしいかを知りました。
 私はよほど雪解けの緑色というものに惚れているんでしょうね。
 花に魅せられ自然に惹かれて、今までと同じようにきっと幾つになっても山に憧れ夢を見るんでしょうね。


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