トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ225号目次

新たなる人生
多部田 義幸

 雨降らば道ぬかるみ、風吹かば戸より風吹きすさぶ、そんな毎日を一年送りたい。そこは東京に近けれども、まるで私の懐かしき都会生活とはほど遠かりし。風呂へ行けども、買い出しへ行けども何もかも我が足とペダルに頼らねばならぬそんな都会の僻地なり。見渡せど見渡せど辺り一面芋畑なり。
 そこの安アパートに一人の変な男がいた。ワンゲルとか、なにがしとかいう学校のクラブに入っているそうで、時々その辺では見かけぬ特大のザックとドタ靴を履いて出かけるようだった。私も興味本位にそれを背負ってみたところ、のけぞるほど重くこれを何に使うのかと問うてみた。男曰く、これを背負い山に登ると言った。それ以来その男と私は時々顔を会わせる仲になった。アパートを抜け出し夜の闇に隠れ、畑にのこのこと行った。あの天ぷらの味は忘れないよ。朝が来るまで花札をやった。あの男の強さには参ったよ。勝負に対する執念ともいうべきものだろう。そんな執念でその男とザイルを組みたかった。
 8月23日、まだ夏だというのにここを吹き抜ける風は何となく秋の薫りを運んでくる。あの華やいだ姿は一体どこへ行ったのだろう。木道に寝転び遠い空を眺めたっけ。青い画用紙に白い雲が一つ、二つ浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。そのうちに絹のような薄いベールが画用紙一面を包み込んでしまう。山の天気は変り易いもの、だから山ではお気を付け。まるで絵本の中の赤ずきんちゃんみたいに、そんなことを誰かが言ってた。自然は偉大な芸術家。一片の言葉や文字が何の意味も何の抵抗もなく消えてしまうのだから。そんな空想めいたことを打ち消すように冷たい雫がポツンポツンと落ちてくる。昨年も来たように今年も来た尾瀬。何度になるだろう。一人で来たい唯一のところだ。歩かなくていいし、山へ登らなくてもいい。ただ腰を下ろし煙草を吹かす、その煙が忘れかけた薫りを運んでくる。全てが生まれまた消える。久しぶりに本棚の中から引き出したアルバム、そこからこんなページを開いた。もう昔のものだった。今年の夏は尾瀬に行けなかった。毎年行こうと決めたのに、人の心は秋の空。一人で山を楽しんでいた時は、必ずそこには人との触れ合いがあった。北アルプスの時も、秩父の時も、男がいて、女がいて、おばさんがいた。今の私にはそれがなくなってしまったようだ。でも別のものが見つかった。だけど私はやっぱり欲張り、あの時に戻りたい気もする。でも後一年頑張ろう。
 憧れの一ノ倉。私にとってどんな存在価値であったんだろう。一ノ倉沢が眼前に聳え出た時、唖然としてしまった。ある程度は覚悟していたものの、やはり素晴らしく感激だった。そして気落ちして幽ノ沢に向かった。出合にツェルトを張り、小雨の中の偵察。もうあの時の胸の内ったら凄かった。途中で引き返しツルツルのスラブの滝の所で某山岳会の連中が練習していたので見ていたところ、ものすげえ奴がいてヨセミテ登りだとか言って靴をフラット気味に、下に落ちながら上に登るといった軽業を見てびっくり。ああ、俺よりバランスのいい奴がいるよなんて思っていると、松の野郎がお前もやってみろよなんてぬかしやがった。挑戦してみたが半分ほどびくびく気味に登り俺もまんざらじゃねえや、なんて思っていると案の定、足が下に滑り出し止まらないどうしよう。しかたなく体を反転し駆け下りた。しかし、力尽きドボン。ここで一句、「つるつると、滑るスラブに、我実力を知れり」字余り。
 翌日二人ともなかなか寝袋から出ようとしない。天気は良さそうなのに、何やってんの、どうにかしてサボろうなんて思ってんだろう。今更おめおめ東京に帰れねえよな。昨日のスラブも通り抜け、初めて幽ノ沢の全貌を見た。V字状岩壁だ、取付きが判らない。先行パーティが取付くまでここで寝てようぜ。それから二人は取付きで1時間半も待ち最後の取付いた。これが悪く確保している私に先行パーティからの落石がビュンビュン飛んでくる。おい早く登れよ、俺を殺す気かこの野郎、なんてはしたなく言ってしまった。でもまあ楽しい登攀だった。次は中央稜かバットレス、夢は果てしなく続く。
 冬、空気は乾燥し外気は鋭敏な音がする冷たい風の中。女はニベアクリームと唇に分厚いリップクリーム。街を行く男たちはコートの襟を立て、クリスマスソングが流れる中を足速やに通り過ぎる、そんな季節。小さなホールドに全てを賭ける、そんなフリクションが懐かしく思われるこの頃。貴方にもそんな欲求は理解できる筈。来年は皆で隣り合ったルートを声を掛け合って、元気良く登ろうじゃないか。うそ、うそ、私の小さな夢です。
 岩、それは何だろう。ただ厳しさを追及しているものなのだろうか。勿論それも否定はできないが、厳しさしか生まれないそんなものではない筈だ。楽しさや安らぎも必ずそこにはある筈だ。テラスでたった二人、疲れた面を見せているパートナーを見る時、よくぞここまで登ったと思う時、そしてここから落ちたらどうなるんだろうなどと一見馬鹿げたことを考える時、etc、それは私にとって生への追求であり我が青春に相応しい1ページなのだ。岩の良さはただへばりついている時、何を思うことも感じることもできず、ただひたすら上へ上へと高度を上げるものである。縦走と違いバテた時でも首を垂れ複雑な回想を思わなくても済む。そのような時私は何のための山行か分からなくなることがあるからで。また何より忍耐強くなければならぬ。どうもこの手は苦手のようだ。よくマスコミや一般的見方として岩屋と呼ばれる者たちは、山を側面からしか捉えることができず、そのため片ちんばの山行、息の長い山行を続けることができぬように見るようだ。しかし、それは必ずしも正当な見方ではなかろう。何らかの切っ掛けにより岩から離れるようになっても、山を忘れることができなければ必然的に他の面から山を求めるようになるだろう。そして、山への思いを短く燃やそうが長く燃やそうがそれは個人によって違うように、あくまで個性的山行をしたらどうだろう。自由に欲求のままにできたら素晴らしいことだ。変に岩に対して毛嫌いすることもないし、悲感的になることもない。どうもそんなことが感じられてしょうがない。最近はそうでもなさそうだが。結婚にも適齢期があるように、岩にもあるのはご存じの通り。そのような時に山に惚れ込むように岩にべったりとなるのは当然。あまり中途半端ではすまされないようだし、岩の特異性としで中途半端なことは、むしろ自殺行為に等しいと思う。華やかに見えるクライミング。そして、そのようなものの命は短いのに相場は決まっている。若さだよヤマチャン、これがなくてはならないし、くそ度胸と冒険心がいる。ただし何か言われそうなので、ここで言う冒険心とは、サングラスをして暗闇の平均台を渡るようなことではない。未知のルートを登るのに自分の力で確実に刃がたつなんて誰が言えるだろう。それこそ心配ばかりしていて、いつになっても登れない。過信すぎるのもいけないけれど、ある程度自己過信すぎるくらいなハートが必要だろう。そして情熱。あまり慎重すぎたり、地味な方はやめたほうがよい。見た目よりは地味で孤独な世界。だからこそ派手さが必要なのかも、そりゃそうでしょう、なにもあんなとこ好き好んで登る訳ないもの。でも私はやっぱりあの華いだ夏の涸沢族に憧れる。
 いろいろしっちゃかめっちゃかなことを言ったけど、これまでのことは私の全てではない。私には尾瀬の草花が待ってるし、山だけが全てでもない。やりたいことが多すぎて、どうも中途半端になりそうな、そんな毎日。ただ今、昭和50年1月12日、午前3時40分、FMのラジオからジャズブルースが流れる。この部屋に漂う黒色のリズムアンドブルース。それは人生を歌い、苦しみをぶちまける。「馬のように走り、牛のようにくわをにぎり、この荒れた肌をみてよ。あんた。あたいの髪は黒い天然パーマ。あんたは2ドルであたいをものにする。酒と薬に疲れたあたいには、ブルースがいい、あたいのブルースよ。」
 四畳半の裸電球の下で、喫茶店で、満員電車で、ちぎれとぶ風景のまっただ中で、思い出と失われた希望の彼方で、ありとあらゆる青春が、詩をつくり歌をつくり、その中の一つの歌が歌いつがれていき、それが演歌でもなくロックでも、フォークでもない、青春の感情と生活空間のオリジナリティをもち得た時に、ぼくたちは消えない歌を持つだろう。


トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ225号目次