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悪天の連休・白馬岳
甲斐 正信

山行日 1975年3月21日~23日
メンバー (L)別所、真木、甲斐

 川はまだほとんど雪で埋もれており、水は丸く輪を描きながらゆっくり流れていた。バスは川を渡り重そうに音を上げ坂を登っていった。無性に山を見たいと思った。自分達は今、あの山に向かってるんだという気持ちになりたかった。松本からの列車の中で救いを求めるように窓の外に見た白馬三山は天気はいいのに、そこだけはすっぽり雲に隠されていた。一体あの人間のすし詰めのような列車に登山者は幾人いたろう。周りは皆んな明るかった、そして皆んな楽しそうだった。自分達だけが違う世界にいるようだった。自分達だけがその明るさや楽しさからはみ出していた、いつもの夜行の山人ばっかりのあの雰囲気とは大分違っていた。別に山人の自惚れやひがみで言っているのではない、ただ目指す山を思う目や顔が周りにないことがとても寂しく感じた。
 バスは栂池スキー場へ着き、僕達はスキーヤーと同じようにリフトで上に登っていった。そこでもやっぱり僕達ははみ出していた。リフトの従業員の態度も冷たく感じたのはやっぱり僕のひがみであろうか。リフトを5本ぐらい利用し、固く凍ったゲレンデを転びそうになりながら横切り、午後になって曇ってきた空の下を明日の今頃立っているだろう白馬岳の頂上を思って歩いていった。去年の夏、やはり同じ白馬の頂上から見た剣や五竜や鹿島槍を思って。
 急な坂を喘ぎ喘ぎして、もうどの辺ぐらいだろうと思いながら登っていると急に顔いっぱいに冷たい風が当たった。そこは広くなっており。そこが天狗原だった。時間も遅くなったことから、今日の予定の乗鞍泊りを変更し、ここで雪洞を掘り今晩の寝ぐらにすることにする。適当な場所を決め穴を掘り始める。先ず縦に掘ってそれから3人入れるよう横に広げていった。3人で潜り交代で掘ってゆき、下には木の枝を敷き2時間くらいで今晩の寝ぐらが出来上がった。初めての雪洞で今晩の食を終え、そして明日の白馬岳アタックのために今日は早く寝る。明日は3時起きと決め、明日のアタック日和を祈りながら3人ゆっくり足を伸ばして眠りにつく。遠くの方で耳鳴りみたいなのを感じ目が覚める。時計を見るともう4時近くだ。いけないと思い起きようとすると、他の2人も気がついたらしくゴソゴソと起き上がる。夕べ寝る前より随分屋根が下がってきていて背を伸ばせない。ローソクをつけようと思ったが酸欠らしい、見ると戸口はびっちり塞がっており外の気配も判らない。苦労して開けてみると凄い風の音がする。どうやらあまりいい天気ではないらしい、取り敢えず食事を済ませ天気の回復を待つことにする。外が明るくなっても地吹雪は止まず、かえって強くなっているようだ、今日の行動は不可能らしく一日雪洞の中だ。低くなった天井をコッフェルで削り、ようやく身体が楽になった。ラジオをつけると東京では素晴らしい天気だと盛んに言っている。この日、一番の苦労はキジ撃ちであった。完全装備で外に出ても目的を達するためにはどうしても脱がねばならないし、風が来ないように穴を掘ってやっても容赦なく雪は入ってくる。あの吸いつくような冷たさは忘れられない。その日はとうとう最後まで吹雪は止まず、ラジオではこの日同じ白馬岳縦走中のパーティーが雪崩で遭難したことを言っていた。
 翌日は高曇りで風もなく白馬三山や唐松、五竜、鹿島槍そして思い出の雨飾山も見ることができ、慰められた。
 山から帰るとこの連休の北アルプスや中央アルプスは遭難だらけで、やはりこの時期の山の厳しさを感じた。しかし、あの鹿島槍の勇姿を思う時、厳しい冬山への挑戦は止められない。


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