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沢合宿 八ヶ岳地獄谷
別所 進三郎

山行日 1975年9月13日~15日
メンバー (L)別所、野田、甲斐、久山、多部田、松谷

 東京に住んでいて東京近郊の山々を登っている私にとって八ッの赤岳の東面の沢はいつかやらねばならぬ気になる所であった。今回、例会でそこが定着合宿の場所となったので、このチャンスとばかり心待ちにしていたのである。結果は、期待を裏切ることなく良い沢だったし楽しい沢登りができた。星空の下、テントの前の赤々と燃える焚き火を囲んでの食事、酒(飯を食ったのかどうか思い出せないほど今回は飲んだ)、話し、そして朝露の中の大キジに山深い谷間のしかもちょっとした空間のあるB.Cでの生活は、行こうとしている今年の夏山の終わりを飾るに余りあるものでした。下山時の河原歩きでは何故かタッタッタッと足早に歩を進めてしまったのは日数が少なかったけれど、今回の充実した合宿の最後をきちんと締めくくりたかったのかも知れない。清里寮から駅への道では手に手を取って歩く二人連れや「高原にロマンを求めて」来ましたという感じの娘さん達に出会うと、さっきまで俺は山で活躍していたんだぞという自負が消えて、薄汚いカッコと垢と汗で臭うことが気になり負けそうな感じになったのは僕だけであろうか。同行した独身諸氏は彼女達とすれ違った際に香る香水に何を感じ、また思っただろうか。
9月13日
 地獄谷の河原を歩いて赤岳沢の出合にキャンプを張る。今日は権現沢の偵察とする。右股の三ツ滝ルンゼが見える所までと思ったが手前の滝で行く手を阻まれ無理せず引き返す。砂岩の中に小石が埋め込まれているような岩質が多く露出していた。たしか、上州の那須でも見かけたように記憶している。
9月14日 赤岳沢
 6時半、地獄谷本谷に向かう野田、久山両氏とB.Cから1分も歩かない所で別れて赤岳沢に入る。倒木とゴーロを45分も行くと桜井君がこの春難儀した問題の滝が出てきた。多部田がトップで水際から離れて左岸を登る、続いて甲斐がハーケン1枚とアブミを使用して水際のルートを登る。別所、松谷は右岸を小さく高巻いた。その滝を越してからは案内書の通り大小様々な滝が源頭まで続いている。バランスが悪いの良いの、寒いの暑いの、腹の減ったのとワイワイガヤガヤやりながら現れてくる滝を次々に乗り越していく。ガイドブック類の沢登りの紹介は大抵少々オーバーに書いてあり「行ってみると大したことのなかった」というようなことが多いのだが、この赤岳沢は異口同音に「いい沢だなあ」と言わせるものだった。脆い奥壁状といった源頭は岩の硬い所を選びながら詰めていく。先行していた二人のパーティは右岸の傾斜のある樹林帯にルートを取り、ザイルを出して木登りに悪戦苦闘しているようだった。赤岳山頂11時着。砂糖に蟻が群がっているように登山者が居た。野田、久山両氏を待って下りは天狗尾根を下った。多部田は運動靴、甲斐はクレッター、別所、松谷は渓流釣り用の地下足袋で遡行しました。
9月15日
 美し森経由で帰京する野田、久山一行に天幕の撤収をお願いして、地獄谷の上の権現沢に入る。沢は陰鬱で岩も脆いと書いてあるガイドブックもあって、そんなに期待していなかったのだが倒木がちょっと気になる程度で、私感では赤岳沢同様快適な遡行が楽しめた。この沢も次から次へ表れる滝をドンドンドンドン登り、詰め近くに現れる30mの大ナメ滝をも登ってしまい全員全滝直登となった。足が揃っているのでスピーディな充実した時を過ごせた。ガスの行き交うツルネ山頂からはコケモモの実を食べてみたり、天狗岩を見上げたり、映画の話などしながら東稜を下った。

地獄谷本谷と無事カエル
久山 学

 私はカエルです。私とご主人様の出会いは9月7日の日曜でした。ご主人様の会社の旅行先のホテルにぶら下がっていた私を見て、「無事カエルか」と言ってプラスチックでできた私を300円で買った時でした。それ以来、私はご主人様を山から無事帰るお守りになってしまいました。ただ野田というアル中は私を「ひっくりカエル」などと呼んでいましたが。
 ご主人様が私を買った大きな目的は何と言っても沢合宿でした。キスリングに結ばれた私に向かってご主人様は「地獄谷から無事帰れたら、お前を色々な山へ連れて行ってやるぞ」などと言っておりました。
 さて、いざ出発の日、ご主人様のナリときたらスポーツシャツにニッカーズボン。キスリングの上にはシュラフと会社からかっぱらってきたヘルメット。どこかの工事現場にでも行く感じでした。
 連休前夜の新宿駅、山男達が沢山。私はご主人様を含めた人々にこう言いたい。「青春は一度しかないのだぞ。そりゃ山登りに賭けるのも良いだろうが、何も命を、金を、そして親に心配をかけるようなことをしなくたって他にもあるじゃないか。本を読み感想を語り合ったり、好きな女性に真心を尽くしたり、安全性の高いスポーツで涙と汗を流すのも良いじゃないか」と。でも私のご主人様はいつも私に向かって「人の顔にはそれぞれの個性があり知性がある。それと同じように青春の生き方にも差がある。ただ同じなのは、それぞれの人が精一杯自分の青春を見つめ、それに向かって進み行く美しい姿なのだ」と。
 さて、混んでいる電車からエキゾチックな感じの強い清里駅に着いたのは朝。まだ寝足りなさが残っている体にキスリングを背負い砂道を歩き出す。ご主人様は元気そうなので私も安心して高原の初秋を見て楽しんでいましたが、地獄谷の川原歩きが始まると急に疲れが出始め、天性のバランスの悪さが加わって皆んなと大分距離が開き出しました。多部田さんが一緒に歩いてくれたので、あんまり休まないで歩けたものの、もし一人だったら少し歩いては休み、また少し歩いては休みの連続だったでしょう。私からもお礼を言います多部田さん、ありがとう。
 やっとの思いで着いた所は赤岳沢出合。テントを張りエサを食べてから権現沢を見に行くことになり、当然私もご主人様が連れて行ってくれるものと思っていたら、何とご主人様空身で出かけるではありませんか。「これはきっとひっくりかえるぞ」などと思いながら皆んなの帰りを待っていますと、ご主人様元気に帰宿。話を聞いても落ちた様子なし、もっぱら大した所までは行かないだろうと思っていたから当たり前。それから皆さん酒を飲みだしたので私は寝ることにしました。
 2日目、この沢合宿のご主人様のハイライト、本谷をやる日です。今度はご主人様、サブザックを用意しているので私を忘れずにいてくれると安心していたら、何とまたもや私を置いていってしまったではありませんか。こんなことが許されるでしょうか、皆さん!私が来た意味がないじゃないですか。ご主人様のバカ。アル中。スケベのまぬけめ。
 こんな訳で本谷のことは書く訳にはいきませんが、ご主人様と野田さんの話によりますとガイドブックで読んだよりとっても美しい小滝が沢山あったそうです。それに帰りは天狗尾根を下ったとかで、色々勉強になったそうです。夜はまた酒を飲んだので寝ることにします。
 3日目、『いざ行かん、美し森へ!』と松谷さん。でもご主人様と野田さんの二人だけ。他の人は上ノ権現沢へ。私はまたまた....。こんなバカなご主人様ですが、合宿中色々お世話になった別所さん、ジュエットができなかった松谷さん。バランスの良い多部田さん。山の歌の好きな甲斐さん。アル中でとっても素敵な野田さん。大変お世話になりまして、ありがとうございました。また色々と迷惑をかけると思いますが、これからもよろしくお願い申し上げます。
 無事カエルより
三峰山岳会様へ


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