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クジャクチョウ
野地 繁則

 ようやく5月、北安曇野にも春が来た。梅、桜、こぶしの花が一度に咲き、山々には未だ雪が残っているが里は今が春たけなわというところ。
 路傍のカタクリの花にヒメギフチョウが舞い、日溜りの中を翅は傷み色あせたクジャクチョウが元気よく陽光に戯れている。北安曇野の長い冬をクジャクチョウはどこにいたのだろう。寒風の中で雪に閉ざされた農家の軒先で、ただじいっと春の来るのを待ち焦がれていたのだろう。
 クジャクチョウ、タテハ科に属し高山では年1回7月より姿を見せ、蝶のまま冬を越し翌年7月まで生存する。蝶の仲間ではとても長生きだ。これがクジャクチョウの一生である。
 小学生の頃、勉強もせず毎日毎日蝶の図鑑ばかり眺めて、この蝶が飛んでいる山々を思い、燃え立つようなこの蝶を捕りたくて母の反対を押し切って山に行ったのが山登りの初めだった。中学一年生のとき、富士見高原で一夏を過ごす機会に恵まれた。
 8月のある朝、バスで神戸に行きトラック道を入笠山へ、これが私が初めて山らしい山に入った最初だった、そしてこの蝶に初めて出逢った時の美しさ、嬉しさは強烈に心に焼き付き青春の宝物として残った。
 山頂から八ヶ岳、甲斐駒、遠く蛇のようにうねうねと銀色に輝く天龍川が見えた。
 昨年の夏、友達と入笠山に登った。マナスル山荘から大河原湿原までの道のあまりの変わりよう。沢山の蝶が飛び交っていた林道に今は自動車が通り、牧場の中まで駐車場になっていた。八ヶ岳を愛し武田信玄談を教えてくれた見晴茶屋のおじいさんも3年前に他界したとマナスル山荘の太郎さんが言っていた。ただ、私が塗った見晴茶屋の赤い屋根だけが薄汚く夏の太陽に照らされているだけの静かな夏の一日だった。
 私の心に美しい青春を残した入笠山、そしてクジャクチョウ。この先、私は何を求めて生きるのだろう。今、北安曇野の春の日差しの中をあのクジャクチョウが目の前を飛び過ぎていった。
 手術後、北安曇野周辺に遊ぶ。


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