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八ヶ岳 赤岳~横岳~硫黄岳~天狗岳~中山峠~高見石~白駒池
勝谷 裕子

山行日 1976年7月31日~8月2日
メンバー 勝谷、他

 八ヶ岳、何とすっきりとしかもどっしりと落ち着いた響きを持っている呼び名であろう。私が山を考えるとき、一番先に頭に浮かぶのがこの山である。
 広い裾野には落葉松林、牧場、つつじの野、ロマンチックなハイキングコース、北の方に点在する幾つかの池、しかし、八ヶ岳の冬には一部の限られた人にしか許さない荒々しい厳しい自然がある。
 48年10月、テニスの合宿で清里に行っていた私は、初めて八ヶ岳の山並みを見た。その合宿中、半日テニスをさぼって伸びやかな形をした飯盛山に登り、遠く墨絵のように霞むアルプスや秩父の山並みと共に眼前に聳える巨大な八ヶ岳の山塊を眺めた。そして、いつかきっとあの一番高い赤岳に登ってやろうと考えた。しかし、長い裾野のほうからずっと目で辿っていくと、私などの足ではとても登れそうにない、ゴツゴツの山肌である。
 それから3年、その間ガイドブックを見たり、八ヶ岳を舞台にした小説や随筆集を読んだりはしていたが、なかなか機会はやってこなかった。7月、私の兄の職場の人達が八ヶ岳に行くということを聞き、是非にと頼み込んでパーティの一人に加えてもらった。しかし、8名のうち女性は私一人、足にも自信がない、迷った挙げ句、飯盛山から見た赤岳の形が目に浮かんでどうにかなるだろうと参加を決めた。
1日目(7月31日)
新宿~茅野~美濃戸口~美濃戸~行者小屋(泊)
 体が未だ慣れず山に入る第1日目という興奮も重なり、3時間あまりの道のりは相当きつかった。行者小屋からの赤岳は夕日に刻々と山肌が赤くなり素晴らしい眺めである。この急な高度差を明日登るんだと思うと不安と期待が交錯する。
2日目(8月1日)
行者小屋~赤岳石室~赤岳頂上~赤岳石室~横岳~硫黄岳~夏沢峠~箕冠山~根石岳~東天狗岳~中山等(泊)
 行者小屋5時15分出発、樹林の中の急な斜面を黙々と登る。途中5分間の休憩で石室のある稜線に飛び出す。石室にリュックを置いて、強い風に吹かれながら赤岳の頂上を目指す。6時40分、頂上からの展望は360度遮るものがない。
 浅間、秩父、富士、南アルプス、中央アルプス、御岳山、乗鞍、北アルプス、白馬....知る限りの山の名を集めても未だ余りある山の重なり、私にとって素晴らしい宝物がまた一つ増えたような気分である。
 横岳の登りも苦しいが氷河時代の産物?と言われる美しい高山植物がいたる所で風に震えて登ってくる人の顔を見上げている。遠い御岳に9時半頃、北アルプスには10時頃、雲がかかるがこの八ヶ岳は明るく強い夏の光の中にある。硫黄岳の爆裂火口を覗き、この道で霧に巻かれたらどんなだろうと想像しながら夏沢峠に下る。1時間半の休憩の後、最後の天狗岳を目指して出発(12時半)。天狗の頂上で長い縦走路を振り返り、眼下に見える今夜の宿泊地、黒百合ヒュッテを見ながらのんびりと寝そべる。遠く白駒池が丸く、しかも割に高い位置に光っていた。
3日目(8月2日)
中山峠~中山~高見石~白駒池~高見石~賽ノ河原~渋ノ湯~茅野~新宿
 最後の日、曇り空を黄にしながら高見石まで急ぐうち霧が出てきた、白駒池へ直行、澄んだ飲水にもなる綺麗な池にボートが浮かぶ。帰り、白駒池から高見石までの登り、ガイドブックでは40分の道のりを18分で飛ばす。酸素の消費量は歩く速度の3乗に比例するのだ、あまり急ぐのは心臓に良くないけど霧は増々濃くなるので大急ぎで賽ノ河原へと下ることにする。この賽ノ河原、どうしてこんな巨岩が累々とここだけに出現したのだろう。岩と岩の重なりの下には美しい苔が丸く針山のように生えている。渋ノ湯に着く前に雨、ぐっしょり濡れる。
 これからどんな素晴らしい山に登ろうとあの日の八ヶ岳から見た空の色は忘れないだろうと思う。
 のんびりと3年間も赤岳の頂上に立つことを思い続けてやっと念願を果たし、八ヶ岳に対する思いは更に深まったような気がする。今回行けなかった北八ツの山、若葉のキラキラ輝いている残雪の頃、落葉松の葉が風に吹かれて舞い冬を告げる頃、雨でしっとり煙る時、色々な季節にこの山並みを訪れてみたいと思う。

 風は諏訪と佐久の西東から
  遠い人生の哀歌を吹き上げて
   まっさおな峠の空で合掌していた
(尾崎喜八「峠」より)


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