トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ231号目次

岩つばめを読んでいたら急に書きたくなって書いた原稿
稲田 竹志

 今、北海道に向かう列車の中で岩つばめを読んでいます。会報を見ていると実に楽しい、自分達で作り出した会報なんだという気持ちです。編集の方、それに野口さん、毎度ご苦労様です。いつかルームで刷り上がった会報を配っている時に岡田敏子さんが「楽しみに読ませていただいてます」と言ってました、その一言が編集関係者に伝わる時は、喜びとなるのです(私は何もしませんが)。最近の会報は「○○を考える....」タイプの特集が多いようです。正直言って僕は原稿を依頼されると非常に頭が痛いのです。何故ならあまり考え事は好きではないから。文才がないんだなあー。何も考えない時間がとても好きなんだ。原稿公害とぼやくことしきりの今日この頃です。

ー * - * - * - * -

 第三京浜を飛ばす。100km/hから130km/h、「今日は快晴、やけに伸びるよランララン」川崎インターから港北インター、しばし無想でハンドルを動かす。警報ブザーがうるさいが無視する。ミラーを見ると一台の真っ赤なクルマが見えると思うと風のように抜き去って行った、コスモだった。また一台左車線を抜き去る。ミラーでは車種が判らないほど速かったがグリーンのボルシェだったよう。今まで高速に酔っていたが途端に現実に返る。「何せサニーだもんね」まりちゃん(おまわりさん)に捕まっても馬鹿らしいのでスピードを落とす。ある意味ではクルマ文明を否定しながらも便利に妥協してしまう。クルマを運転している時に全く何も考えず、前方のみ見つめ頭の中はカラッポの状態があります。僕はその時間が何ともいえず好きなのです。夏山縦走の延々と続く稜線を無想で歩くように。

ー * - * - * - * -

 今日は単独行、先日山でバテた反省もある訳なのです。今日は入山者が少なく、パーティ登山では気が付かない山の静けさや景色を独り占めすることもできます。沢を詰めるが一ヶ所ザレ場をトラバースする所が(夏では全く問題ない)、丁度凍ってた石や砂が緩む時間だったので右手からパラパラ常に小石が落ち、時々誘発して大きい落石がある。その間50m、右上方を気遣い通過する。「カタッ!!パラパラ、ザーッ」「来たっ」体をかわす....ヤバイ所を抜け何の気なしに左頭上の支尾根のヤブの中からの物音に目をやる。黒い動物が「犬か....ン犬じゃないクマだ」10m上に出てきたヤツはすぐヤブの中に消えた。後を振り返ると相変わらずパラパラ石が落ちている。引き返そうかと思うが、もう落石の音と沢の水の音以外には何も聞こえない。ともかくピッケルをザックから抜いて構える。その動物はそれほど大きくないが(渋谷のハチ公ぐらい)、首も太く足も太かったので確かにクマだと思う。すぐ目の前に出てきたのに、今考えるとそいつを1,2秒見て後を振り返り、落石もあるので思い直して前を向いたら、もういなかった。何が何だか分からないが心臓の音だけがやけに響いていた。
 今日は登頂し森林限界まで下りビバークするつもりだったが、途中で疲れて休み過ぎ、時間を食ってしまった。稜線の這松の中に凹地を見つけ整地するが狭過ぎて、また15m程下って丁度良いビバークサイトを見つけて枝を掃う。稜線でツェルトでのビバークは気味が悪く、星空を眺める気にもなれない。バーナーを焚き、飯を作り、コーヒーを作り、ウィスキーを飲み、雪を溶かして水をいっぱい作る。結構仕事があって楽しい。雪はツェルトの底からコッフェルだけサッと出してかき集める(外に出る気しないもんね)。雪が這松の枯葉だらけで困った。そこで名案を思い付く、タオルを割いて布巾を作り、ゴミを濾過するときれいな水になる。旨いコーヒーと他愛のないアイデアに一人満足して寝ることにするが、不気味で30分程寝付けなかった。稜線の風の音以外に人の歩いているような足音が聞こえるのだ。「ザッザッザッ、ピタッ!!」ツェルトの傍で誰かが立ちはだかり中の様子をうかがっているような気配がするのだ。それは何度も何度も続いた。だが寝てしまえばこっちのものだ。good night.
 さてさて次の朝がまた大変様にならない話。ピッケルがない!!這松の中やビバークサイトを狂ったように何回も探し回る。さては昨日のユーレイか?昨日の行動を考える。稜線を下る時、アイスバーンやヤバイ所があったのでザックからピッケルを外したり付けたりした。アイスバーンを下り切った所で落ちていた一斗缶を石突で叩いたのは確かに記憶にあるが、ここまで来た時にあったかどうか分からない。しかたなくアイスバーンまで引き返す。一斗缶はあったがピッケルはない。途方に暮れ、また元に引き返す途中、這松の中で光っていたピッケルのブレードとシャフトを見た時は大声で喜んだ「よかったーっあったァー」と。疲れて休んだ時、置き忘れたのだろうか、すぐ傍には遭難碑が....何か怖い、ハナシ。

ー * - * - * - * -

 今、電車は登別を過ぎ苫小牧へ向かう途中です。北海道の広い原野と牧場が見えます。20日前に来た時は全道に渡り紅葉が見られたのに、今は寒々しい枯れ木と遠くの山の雪化粧が目に映ります。しばらくして千歳空港に差し掛かり、丁度トライスターか何か知らないが目の前を着陸しています。ではまた、原稿書きにでも精を出しますのでこの辺でペンを置きます。お元気で。


トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ231号目次