トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ231号目次

東沢~木賊山
木村 恵子

山行日 1976年10月30日~31日
メンバー (L)今村、稲田(由)、木村、下司

 忘れようとしても忘れられない山行。それがこの東沢です。10月30日(土)午前3時過ぎ、眠い最中私たちは塩山駅に着きました。タクシーがなかなか見つからないので、早くも桜井さんより差し入れの焼きそばに食いつきました、ナント!美味なこと、私は眠気もすっかり吹き飛び、がぜん元気が出てきました。焼きそばやドーナツ、稲田さんが作られたというカリフラワーの和え物など、例の如く沢山食べて気を良くしているうちタクシーが見つかりました。40分も乗ったのでしょうか、うつらうつらしていると登山口に着きました。ヒャー寒い寒い、ワァーキレイ。雲一つない夜空には「降るような」という表現が相応しい満天の星、ホントにキラキラと瞬いているのです。歩いている間にも首が痛くなるほど空を眺めていました。私達だけ見ているのがもったいないほど....。
 何が何処なのか分からないまま、懐電で足元を照らしながら今村リーダーに付いていきました。落葉で足が埋まるほどの細い道を4人の足音だけがザクザク、ガサガサと音をたてていました。1時間ほど歩くと沢の音が聞こえてきました。5時、まだ夜が明けていないので1時間くらいの予定でツェルトを張り、仮眠を取ることにしました。シュラフの中に入るとスーッと眠りに引き込まれていきました。
 ガサッゴソッと夢の中で人の歩く足音がします、ナンダ、ナンダ、不気味な感じから無理やり目を開けると、ツェルトの中は随分と明るくなっていて、他のパーティが歩いて行きます。今村さんの「8時だよ!」の声で皆慌てて起き出した次第です。
 広い川幅を進んでいくと、もう今となってはひどく冷たそうな水がサワサワと音をたてて流れています。まだずんぐり丸い石が多く、その上をポンポンと飛んでいくと、今村さんが「石の表面が凍っているから気を付けないと危ないよ」と注意してくださいました。それも束の間、私の前でキャ~ッとという声、下司さんでした。お天気もだんだん良くなり、なだらかで川幅も広く気持ちがいい。右へ左へとルートを変え進んでは行くものの、川幅が広いために飛び石を探してうまくルートを変えるのは難しい。夏ならいざ知らず、この冷たい水に浸かりたくない思いは募るばかりです。それでもまだ私達後ろの3人はいいのですが、今村リーダーはトップでいつもその危機に晒されていました。またまた足元の石を選んで一気にポンポンと飛んで行ったのです。今度も危く成功か?と胸をなでおろそうかと思った途端、足がつるりと....後は言うまでもないことですが思わず目をつぶってしまいました。しかし、事態はそれどころではなく、次に目を開けた時、私達のリーダーはザンブリと全身水の中だったのです。どうしたことでしょうか....薄情な私は今村さんの恰好が余りにも滑稽だったので悪いとは思いつつ笑い転げてしまいました(すみません今村さん)。次は私の番、自分のことになると変に構えてしまって、落ちてはいけない、絶対いけないの一心です。一気に渡っちゃえと勢いつけて一、二、三と掛け声かけて飛び跳ねる私。ガツーン!、私の身に何が起こったのかしら?目の前に星がチカチカする。と伴に後ろに跳ね返りボチャーン!痛い、冷たいの二拍子、自分で何が起こったのか分からないまま起き上がると真正面に木の枝が突き出ている。しまったと思ったが後の祭りで、右目に激痛を覚えました。ちょっとも悲しくないのに右目からだけ涙がじんわり出てくるものですもの、ここで教訓一つ「人生目の前のことだけに気を取られるな」何のこれしきことがとどんどん歩いていくと、次々にナメ状の女性的で綺麗な流れに合えてやっぱり来て良かったと思ったものでした。
 とんだハプニングのためか日の暮れが早く、明日の甲武信岳の頂上を思い河原で火を焚いて濡れた衣服を乾かしながら、差し入れのお酒を交わし、今までの出来事に話題は尽きませんでした。お酒が廻って身も心もフワーとなり、乾かしていたセーターとキャラバンが焦げているのも気づかないほどでした。
 明朝7時出発。沢の流れもここまで来ると所々白く凍りついてしまって寒々とした冬の風情です。滑り易いので十分注意を払いました。間もなく左手に甲武信、しかし沢が全部凍りつきトラバース不可能とのこと、行き詰まりです。ここまで来たのに恨めしくなり、樹林帯に入るとピューピュー風が冷たく完全に冬でした。木賊の頂上に着いたのがお昼の12時30分でした。向かい側に先の尖がった甲武信岳がありました。そこで雪を溶かし温かいおしるこをフーフー言いながら食べたのが何と美味しかったこと。
 もうあれから3ヶ月が経ちましたが私の顔の右目の下にはあの日の出来事が鮮明に残っています。よく人に「どうしたのその目のところ....」と聞かれるのです。私はその度にあの痛さと今村さんの恰好を思い出しては一人でふふふ...なんて思い出し笑いをするのです。そうそうあの時、ずっと付いて来てくれた利口な白い犬ポチは今どうしているのかなあー。


トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ231号目次