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八ヶ岳南部
甲斐大泉~権現岳~小淵沢
小林 正俊

山行日 1977年2月11日~13日
メンバー (L)伊藤、小林

 目まぐるしく過ぎてゆく日常の生活にあって、山行の記憶は日々薄らいでゆく....。
 原稿用紙を前にしても余白は無限に広がるばかりで、僕の記憶を呼び戻そうとする努力を嘲笑しているようである。ことによるとこれは、今飲んでいる菊正宗のせいかも知れない。少し辛口で美味い。
 時は真夜中、5月21日(ルームの日)の零時を少し過ぎたところ、実を言うと明日の仕事も残っているし、先程述べたように空しい努力にも少々疲れてきたので床につきたいところである。にも拘らずこうして筆をとっているというのは?柴田編集委員の二度に渡るキツーイ催促もさることながら、もう残り少なった"青春"の3日間という時間を山で友達と共に過ごしたという事実をこのまま風化させたくないからではないだろうか?....?。
 (第1日目)
 昨夜の夜行列車の込具合は殊の外ひどかった。何しろ満足に腰も下ろしていられないという状態。そのせいか人気のない早朝の甲斐大泉の駅に降り立った二人は凍てついた空気に登高意欲も削がれがち。誰はばかる旅でもないので先ずは腹ごしらえをしてと、息の合ったところで駅を後にする。
 天女山までは林間のだらだら道である。積雪は20cm程度。ここからいよいよ尾根筋である。振り返れば快晴の下、重量感のある南アルプスの山々と足下に広がる唐松の樹海が美しい。尾根は解放的な純白の道、猟師のものか長靴のトレールも途中まで続いている。初めのうちは新雪が積もっていたが、高度を上げるにつれて部分的にクラストしてくる。ラッセルしたりクラストを踏み抜いたりで夜行疲れの身体には厳しいところ。時間だけがいたずらに経過し、日も傾いてくると気ばかりが先に立ち視線は上にいきがちとなる。他にも狭まり隣を走る尾根が接近してくるといよいよ前三ッ頭の急登である。ラッセルは胸まであり伊藤さんと早目の交替をしながらただひたすら黙々と進む。だが行程は遅々として進まない。
 前三ッ頭は南アルプスの展望台、西面は岩が黒々と露出している。我々はそれを土熱のせいと考えたのだがどうも強風のせいらしい。樹木は東面にのみ集まり皆枝を東方に向けている。尾根は穏やかなので雪庇はできていないが、東面の積雪はかなりなものである。雪が締まっているので雪洞も十分掘れそう。
 我々は当初、三ッ頭まで行動する予定であったが、先ほどの登りですっかり体力を消耗してしまった。加えて時間も時間なのでここを今宵の寝ぐらと定め準備にかかる。尾根の中心よりやや東寄りの貧弱な樹の傍らを40cm掘り下げ、周囲にブロックを積み、ツェルトを張れば素晴らしい宿となる。外に出れば足下には小淵沢の街、甲府盆地の灯....。夜半風強し。
 (第2日目)
 2時起きするという意気込みもどこへやら一度は目を覚ましたものの、結局6時起床と相成った。奥秩父の山々は茜色、低い雲海上に孤高を保つ富士山、眼前の南アルプス。樹間からは雪をベッタリつけた赤岳のピラミダルな姿が望まれる。上出来のB.Cを名残を惜しみながら出発する。
 三ッ頭までは少し潜る程度の樹間の道である。平凡な道を無言で進む。頭付近は良いB.Cになりそうな場所が沢山ある。昨日この辺まで入っておきたかった。
 三ッ頭で大休止をとる。権現以北の山々を飽かずに眺めお互いに記念の写真を撮る。ここから権現までが本日のハイライト。一部、念のためザイルを使用する。
 権現で我々は予定の変更について大いに迷ってしまった。天候は安定しているが時刻は13時を少し過ぎている。赤岳へ向かうべきか、否か....。
 思えばここまで随分と時間を費やしたものである。下界でのトレーニングも含めて我々の努力が足りなかったのかも知れないし、計画を達成しようという意識が希薄だったのかも知れない。けれども登頂の喜びを分かち合う仲間が二人だけというのも考えてみれば淋しいことだ。この頂で赤岳からの縦走隊、地獄谷遡行と再会という集中登山形式をとれたら素晴らしいんじゃないかな?
 山は楽しむ対象としては危険すぎる。危険、困難というものをパーティの力で乗り切る。その喜びを分かち合うということも考えてしかるべきと思うが。もっとも登山は個人的なものだし、各々目的意識は別なのだから一概には言えないことだとも思うが。
 さて、我々は相談の結果、小淵沢コースを下山することに決定する。権現から見る赤岳は雪をほとんどつけていない。赤岳までの縦走は魅力があったが、何故か赤岳には未練はなかった。
 下山と決まれば後は気楽なもの。権現小屋の隣斜面ではトカゲを楽しみ、一路今宵の宿、青年小屋へ。青年小屋の一夜も素晴らしかった。雪できしむ小屋の戸を開け中にツェルトを張る。何の不安もなく二人でウィスキーを飲み交わす。
 (第3日目)
 編笠山で最後の展望を楽しみ頂を辞せば、後は専らの下り。まだ芽吹きを迎えていない唐松林の小路。時折寒風が吹き抜ける。天候も次第に下り坂。二人ともささやかな満足感と若干の心残りを胸に無言で歩く。道は小淵沢に向かって一直線。
 この唐松林、芽吹きの頃はきっと素晴らしいことでしょう。

〈コースタイム〉
(第1日目 甲斐大泉(6:50) → 天女山(9:00) → 前三ッ頭(16:15)
(第2日目 幕場発(8:30) → 三ッ頭(9:40) → 権現岳(13:10) → 青年小屋(15:00)
(第3日目 青年小屋(8:40) → 編笠山(9:05) → 富士見平(11:15) → 小淵沢(13:40)

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