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横尾尾根
桜井 且久

山行日 1977年4月10日~13日
メンバー (L)桜井、中村、鈴木(一)、鈴木(隆)

 はじめに、今回の山行の印象を一言で語るなら「苦しく恐ろしい4日間」と言えるであろう。途中、何度も山を止めようかと思いながら登った、全く何が面白くて登山なんぞに足を踏み入れたのかしら....。
 実際、正月合宿終了後何とも言えない空虚感を覚え、しばらく山から遠ざかろうと思っていた、山行に誘われれば迷わず「よしましょう、昼寝をしますよ」と返事をした後に何とも言えない空白感が続いていたのである。仕事上においても繁忙期にあたり休日出勤、残業の繰り返し、とてもじゃないけど〈仕事一筋〉のこの私には、たかが「山登り」などに出かけられる訳がないのであろうて....。ところが、そういった緊張状態が暫く続くと妙に私の身体は禁断症状を起こし強烈に山に行きたいという願望が生じてくるから不思議なのである。
 そんな訳で自分自身としては3ヶ月の仕事の憂さを一気に吹き飛ばすような手応えのある山をやりたかったのである。その場所選定の段階にて一時的には屋島槍ヶ岳周辺が考えられたが、冬山への前哨戦として以前から気になっていた「横尾尾根」アタックに傾いていった。また、そのメンバーは一般公募することを避け、正月合宿以来の「山仲間」と共に登ってみたかったのである。登山というのは特にそれがシビアになればなるほど気心の知れた連中とでなければ登る気がしないものであるかも知れない。即ち精神的にも肉体的にも信頼し合える者同士がパーティを組んでこそ、その道が開かれると言ってよいであろう。その意味で三峰野獣派の3人ならば私も安心して山行を共にできると思ったし、現実にも私の方が彼等の世話になる場合の方が多かったようである。何とも頼もしきコンビが三峰山岳会に誕生したものである。

4月10日(晴れ)
 久し振りの松本駅。春山ということも手伝ってか何故かリラックスムードである。車中にても十分睡眠を取ったつもりだが念のために朝方までステーションビバーク。眠気を払いながら顔見知りの名鉄タクシーに飛び込んで沢渡まで突っ走る。びっくりしたことに本日の上高地への入山者は我々1パーティのみのようである。途中、運よく工事用のトラックに便乗させていただき中ノ湯近くまで稼いでしまう。余りの運の良さに今回は楽勝ムードの春山ハイクと高をくくる。ところが、その甘い見通しに反して神河内の主はなかなか意地悪のようで、あっちこっちでズブリ、ズブリと妙なラッセルを繰り返す。残雪豊富にて夏道は隠れ、トレースなしときては最悪の様相を呈し行程が思うようにはかどらない。久し振りの山行、しかも上高地の平坦な道をこんなに苦労させられるとは夢にも思わず、初っ端から後悔の念しきりであった。結局、横尾に到着した頃には辺りは薄暗くなりかけてしまったようである冬季小屋には2日前に入山したという京都の単独行者(高野氏)が居られ、昨夜はこの寂しい小屋にてネズ公と二人きりで過ごされたことを聞き、妙に親しみを感じる。野郎5人とネズ公一匹が焚き火を囲んで酒宴を催すうちに高野氏もすっかり野獣派のペースに巻き込まれた様子である。本来無口な私も皆の強烈なペースにのせられてつい多弁になる。まことに不思議としか言いようがない。。

4月11日(晴れ)
 早朝、昨夜のコンビを解消するのは登山界のマイナスになるという大局的視野にたち、高野氏と同一行動を取ることに決定する。昨日以上のラッセルにてどうにか取付き点まで到着する。若干迷ったが結局2ガリーから取付き早くも喘ぎ登りが始まる。各自が私の指示を待つまでもなく、意欲的にトップに出る姿を見て、パーティシップの良さに感心し、必死の形相にて頑張らざるを得ない。やっとのとこで横尾尾根の稜線に突き上げると森林帯と言えど尾根自体非常に狭いのに気づく。案の定、急登、急降下が続き嫌が上にもザイルを必要とする。とにかく左右がすっぱりと切れているのと豊富な残雪が最悪でもあり、非常に神経をすり減らす。何でわざわざ怖い思いをしてバカなことをやっているのか自分が不思議でならない。そうこうするうちに、やっと一張がOKなくらいの狭い場所にうまい具合にB.Cを設置する。それにいつの間にか隆君がスコップ片手に立派なブロック付トイレを作成してくれたようである。居住性抜群のテントにて昨夜に引き続きボンカレー、ジフィーズの料理。食当を一利に命じたことが悔やまれてならない。こんな時、たった一人でも女性がいてくれたらテント内のムードが高まっていたのに違いない!!アーアー。

4月12日(曇り~雪~雨)
 昨夜の天気図の様子より午後からの悪天が予想されるが、B.Cより槍ヶ岳は憎らしいぐらい遠い存在にある、残された日数は有限でもあり、乗越しまで行ければ上出来のつもりで出発する。森林限界を超えると予想以上の雪庇、ナイフリッジが続き雪質も悪いようであった。登りながら考えることは「とにかく事故は起こせない」「俺には仕事が待っている」「リーダーとしての責任がある」etcと安全登山のことばかり....。
 その結果は、横尾の歯もあと少しで終わりという時点で行動中止。今まであれだけ無謀登山者だった自分が意外なほど弱気になっていることに気付く。中村、一利両氏と異なってたとえ夭逝したとしても泣いてくれる女性が存在しない私は意地になっても生き延びねばならないのである!とにかく、アイゼン、ピッケルが全然効かないような雪の状態では最善の判断だと思われたが、中止と決まると若干不満の声がちらほら。まあ、今回はここまでが精一杯でしょう。下山と決定はしたものの、登り以上に神経を使って下りていく。それでも危険地帯を通過すると急に元気になり野獣派に舞い戻る。圧倒的な槍・穂高連峰を眺めながら春山の怖さを嫌というほど思い知らされる。それと同時に常に冷静な中村君、年に似合わずバイタリティ溢れる一利君、それに若さNo.1の隆君、どの顔も立派な岳人風をしており頼もしい限りだ。是非とも今冬こそはこのメンバーにて北鎌を成功させたいものだと自分に言い聞かす。中途半端ながらアタックも終わり遅くまで酒宴の席は続いた。その間にも槍沢側、屏風側双方より絶え間なく雪崩の音が響き渡ってくる。おまけに小雨が降り続き、テントの中はビショビショと相成る。今回の山行のフィナーレを飾るには最適と言えるかもしれないようだ。

横尾尾根後悔記
中村 弘志

 "春の槍ヶ岳"ただそれだけの名に憧れ、誘われるままに付いて来てしまった横尾尾根、こんなに辛く厳しいものだとは夢にも思わなかった。
 雨のために緩んだ雪の中をフィックスロープに縋りながら一歩一歩慎重に下る、屏風岩からはひっきりなしに雪崩の音が響いてくる。ガスに横尾が見え隠れしている。「あそこまで行けばのんびりできるんだ」「よーし一本」腰を下ろして目を閉じるとこの3日間のことが浮かんでくる。
 沢渡でタクシーを降り歩き出して間もなく工事の車に乗せてもらい感激のあまりはしゃいでいるうちに中ノ湯に着いてしまった。「これなら12時には横尾に着けるな」「うん、のんびり行こうよ」そんな会話が交わされたが、いざ歩き出してみると腐り始めた雪にあっちでズボッ、こっちでズボッ、まったくはかどらない。その上、明神で1時間、徳沢で1時間と休みばかり多く完全なる軟弱ムードで横尾に着いた時は既に16時を過ぎていた。横尾の冬期小屋には二組の先客がいた。京都の単独の方と、ここで越冬したのであろうネズミである。今夜は一つ嬉しいことがある。それは生まれて初めて羽毛のシュラフに眠れるのだ、さぞかし暖かいことだろう。
 急なガリーを尾根目指して登るが冬合宿以来山らしい山へ行っていない身体にはひどく堪える。やっと登り切ってホッとしたのも束の間、今度は痩せ尾根の登下降の繰り返し「随分話と違うじゃないか」「どこでも天幕の張れる広い雪稜と言ったじゃないか」「来るんじゃなかった」「もう二度と来ないぞ」出てくる言葉は愚痴と後悔ばかり、浮かんでくるのは町中の楽しい生活。毎度のことながらよくこんなバカバカしいことやっていられると思うと不思議でしかたない。やっと幕場。今日も無事一日が終わった。空には星がいっぱい。限りなく幸せな瞬間(明日はまた地獄が待っているのに)。今日はいよいよ槍を目指すのだ。アイゼンを付けゼルバンに身を固める。後ろに蝶、右に常念、左に穂高、そして正面に槍、何も言うことのない展望にやる気がむらむらと湧き上がってくる。しかし、これも歩き出すまで、すぐにハアハア、ゼイゼイ「皆よくあんなに歩けるな」ただただ感心。どうにか横尾の歯まで辿り着くが、雪が腐り始め遂に前進を断念。下りは登り以上に慎重にいく。ピッケルを雪面に刺すと"スポッ"「おや?」ピッケルを引き抜き穴を覗いて思わず"ゾーッ"、何と槍沢まで一直線。安全な所まで急いで下り最後の眺めを心ゆくまで楽しむ。槍は登れなかったけど、ここまでやれば充分だ。今夜は天幕でゆっくり休もう....ところが、そんな考えは甘かったのだ。夕方から降り始めた雪がいつしか雨に変わり、シュラフはびしょびしょ、更に腹の奥に響くような雪崩の音「そのうちこの天幕も流されるんじゃないか?」そんな考えが浮かんで仕方ない、寒さと恐怖におびえながらひたすら朝を待った。そして待望の朝。まだ雨は降っている。雪崩の音も聞こえる。でも下らなくてはならないのだ。
 「さあ行こう」リーダーの声にはっとして我に返る。この沢を下ってしまえばもう安心だ。初めは一歩一歩ラッセルしながら下るが途中から一気にシリセードでデブリの中を飛ばす。もう雪崩でも落石でも何でも来いだ。横尾がどんどん近づいてくる。これで今回の山行も終わりだ、なにしろ疲れた。しばらく休養を取ろう。

横尾尾根アタック
鈴木 隆

 詳しいことはリーダーが書くのだろうから私は今回の山行の気象係として毎日の天気の報告をします。
 今回の山行では冬山合宿で確立0パーセントで皆んなの避難を浴びた、天気予報官の鈴木一利君が何と確率100パーセントを叩き出したのです、まぐれ当たりとは恐ろしいものですね。
 4月10日 快晴
ポカポカと暖かく、明神池の散策や昼寝にはもってこいでした。
 4月11日 快晴
こうあまり良いお天気ばかり続くと首が痛くて敵わない。どうしてかって、脇見運転ばかりしているからさ。
 4月12日 晴れ → 雪 → 雨
天気が崩れ出して絹層雲の広がりだした空をバックに槍の穂先が黒光りしていたが印象的でした。
 4月13日 雨 → みぞれ → 雨 → 晴れ
今日はカッパに防水スプレーをかけていった私め一人が笑った一日でした。他の三人「やっぱり、みぞれは冷てえや!」
午後は横尾の河原で下着姿のカメさん5匹。


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