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その5 ある単独行者との交歓
鈴木 一利

 私は今、魔の電話魔の何度目かの催促により原稿を書かされています(本当は書く気がしないのです)。感想はただ日焼けして顔が少々黒くなったこと、あとは自分のだらしなさを感じているだけです。
 京都から来たという単独行の青年と会った時から自分が嫌になったのです。私も会に入る前は単独行が主で、たまに友人と二人で山に入ったものです。その自分が残雪期から冬山を目指すに至って、技術的にもその他の面でも単独ではやっていけなくなり、社会人山岳会に入りパーティ登山を始めたのですが、彼に会った途端に自分が嫌になったのです。
 彼の持つ「山男」のイメージ ―あの肌を刺す厳しさ、また優しく包み込む笑み― 山の冷気に一人で包み込まれる彼を見て、何と崇高に見えたことか、何か自分の目標と定めていた「山男」そのものと出会ったようで彼が羨ましくもあり、彼と向かい合っている自分が何と自己を甘やかした存在であるか考えさせられてしまいました。
 そしてただ、昔のように単独で山に入り、ある時は恐れる山に恐れ、青く澄む空を戯れる雪と柔らかい日差しを独り占めにし、山の懐に静かに抱かれていたいという虫が今、私の体の中で疼いている。
 私は今、ふと思います。単独行はいいなあ....。


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