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南アルプス南部縦走 その1
春原 君代

山行日 1977年7月30日~8月7日
メンバー (L)鈴木(隆)、中村、鍵山、久山、長久、山柴田、春原

 寸又峡に沿って2日間の林道歩きという、いかにも縦走らしい有終の美を飾って合宿は終わった。尾根の突端に掛かった梯子からポンと林道に降り立ったのは土曜日の3時過ぎ。トラックなど1台も通りはしない(それを期待するようなメンバーでもないのだが?)。そこを見込んでの縦走の締めくくりとはさすが野獣派を自認するリーダーの面目躍如。マメだらけの足を引きずり今にもガタつきそうな膝をだましだまし、鼻歌で肩に堪える荷物を誤魔化し、それぞれに温泉とビールの幻影に吸い寄せられるように歩いた林道だった。二度とないだろうと思うとこれもまた忘れ難い山旅だ。さて、話は遡って....
 7月31日
 山柴田さんと二人、先発隊の三人より一日遅れて入山。今日下山するはずの中村、鍵山パーティは大分遅いので早朝に塩見をアタックか?と思っているとやがて途中の水場に昼頃現れた。聞くところによると昨日の荷上げは大変なアルバイトだったとのこと、リーダーの鈴木さんも今日はアタックを諦め、天幕で悔しがっているという。私達もそろそろ聞こえる雷鳴に気は焦れど足は進まず、ようやく4時近くに賑わっている三伏沢キャンプ場に到着。
 8月1日 晴れ
 三伏沢から40分ぐらいで稜線に出ると後は快適な稜線歩き。南部メインルートとあって往来が多い。今日のピーク小河内の広い山頂を一巡りして高山裏露営地を目指す。人の丈より高いミヤマシシウドの林の中をすり抜けていく感じだ。テント場は避難小屋より大分下った水場の近くだが、ポツンと落ちてきた雨粒に慌て小屋の近くのスペースに張った。一粒落ちたと思ったらもうドシャ降り。このところ毎日夕立があるという。今日は正午から4時半頃まで続いた。
 8月2日 晴れ
 今日は荒川岳の登りだけだ。一気に登れそうに見えるカールは意外に時間がかかる。登りはここだけなんだけれど。カールを登りきって覗き込むのも恐ろしいような切れ落ちるガレの縁を慎重に足を運び、中岳と前岳の鞍部に着けば後は小屋を目指して下るばかり。この斜面も美しいお花畑。中岳を往復して一休みするとリーダーは脱兎のごとく駆け降りて一等地を確保して後からのんびり下る私達を迎えてくれる。おかげで生存競争の激しい夏の幕営地でウロウロすることもなく、俄雨にも濡れずに済んでいるので本当に感謝しなくちゃ。だけど山の斜面での宙返りなんてウルトラCは金輪際....クワバラクワバラ。雷雨は午後1時半頃から3時まで。水場は大変細い。
 8月3日 晴れ
 今日は最も短い行程。遭難碑のある大聖寺平を通り稜線に出るとさすがに盟主、赤石の台形の姿が大きい。山頂には大きな標柱がいくつも建てられている。南側の平地には昔の登山者が建てたのだろうか50cmぐらいの石が墓石のように乱立している。不思議な光景だ。下りは草一本ないボタ山のようなガレキの中を百間平を見ながらジグザグに下る。百間平は小広い平地で霧などの時は右寄りにいくルートがちょっと分かり難い所だ。今日の幕営地、百間洞は遥か眼下にあり目前は大沢岳がぐんと迫っていて明朝のワンピッチが思いやられる。這松に覆われた美しい山だが。それにしてもまあ、何と早いことか。まだ10時ちょっと過ぎなのにテントは張ってしまったしー。久し振りの豊富な水に行水やら洗濯やら、暑いテントには入れず甲羅干しをしたり、足の爪を切ったりマメの手当をしているとまた雨がきた。テントの中にゴロリと川の字になれば、鈴木さんのハーモニカも響いて優雅な午後だ。3時頃には雨も上がった。
 8月4日 晴れ
 毎日一つずつクライマックスがあって新聞小説の連載みたいな山旅だけれど、今日は最後の3000m峰、聖だ。可愛らしいピラミッド型の中盛丸山は難なく越えるが兎岳は意外に大きい。ここで一息入れて眼前に覆い被さるような聖岳を眺めていると遥か下の樹間から掛け声が響いて上がってくる。黒装束に身を固め、どう見ても50キロはありそうなキスリングを背負った一行6、7人。腹の底から絞り出す声は疲れも見えず気迫が満ちている。こうしてたったの6、7人の声は南ア全山を駆け抜けて行くのだろうかと何やら頼もしい思いで見送った。さて、私達を威圧していた聖岳も足元に寄れば意外にも樹林帯の中に穏やかな巻道を用意して迎えてくれる。少々長いけどこのくらいなくては聖の名がすたると思われるほどのもので稜線に出て足元に伸びる這松の枝に注意しながら千尋の谷底を覗くガレッ縁を慎重に登り、西黒尾根のような岩場を少し登ればもう日本最南端の3000m峰だ。例の如く靄がかかってきて展望はあまり良くないが「来たなあ」という感慨に暫し浸る。少々バテ気味の山柴田さんは自分でも信じられないような顔でぼんやりしている。赤紫色の砂礫の斜面を駆けるように下り始めるが聖平までは意外に長く感じられた。けれども途中のお花畑はとっても素晴らしい。山形に帰る前、鈴木モンチャンが「南のお花畑は北アルプスなんてモンじゃないよ。特に聖の辺りが凄いから是非一度は行ってみるべきだな」と言っていたが、本当にその通り。さて。ようやく辿り着いた聖平キャンプ場はもう九分通り埋まっているが例の如く鈴木さんが既に設営を終わっている。小屋もあるけど食事は出ないとのこと。水はホースで引かれていて豊富に出ている。今日は夕立はない。
 8月5日 晴れ
 旅も終わりに近づき今日は外界から新鮮な食料が上がってくるはずだ。久山さん、大吊橋うまく渡ったかしら、と三人ともども期待に胸を膨らませる。足も自然に速くなる。最初のピーク上河内岳は黒百合の産地とのことだが首を折られているのも多く残念だがまだ少し咲き残ってもいる。しかし昨日にも増して目を奪うばかりのお花畑の素晴らしさ。岩礫地独特の花々の色の鮮やかさと豊富さがまだ人の踏み跡の少なさを物語っているかのようだ。私達は久山、長久パーティと落ち合う予定の分岐点を(私の勘違いで)通り過ぎて茶臼の登り口まで行ってしまい、そこから鈴木さんが小屋まで迎えに下った。二人は前夜、横窪小屋に泊り丁度小屋まで上がってきたところだったと言う。もう3時間も歩いているのだがこれから先が長い。
 茶臼を過ぎると俄然山の雰囲気が変わり人も少ない。仁田岳への分岐を過ぎると急に倒木が多くなるが踏み跡はしっかりしていて迷うようなことはない。長久さんは懐かしそうにかつての記憶を正確に辿りながら歩いておられる。蛇の出そうな二重山稜の窪地を抜け、岳樺の中の涸れ沢を辿り、ようやくイザルヶ岳の這松の斜面に出た時は皆大いにバテていた。それでも元気を出してその山頂に立つと大無間、少無間が彼方に挑戦的に横たわり、他方には上河内、聖岳が静かだ。
 光小屋の近くは一張りぐらいのスペースしかなく、それも既に張ってあるとのことでイザルヶ岳分岐の原っぱの整地に設営する。久山さんの吊橋談を肴に久し振りのアルコールでリーダーの御機嫌も良さそうだ。
 8月6日 晴れ
 光山頂は全く展望のない小さな空き地だが少し奥の岩場に出ると深南部の山々が開ける。これ以後、寸又峡へのルートは思ったより整備されていた。地元の人達が力を入れているのだろう。こちらから入山してくる人にも4人ほど出会い元気づけられた。林道に降り立った所は大樽沢より5、600m上流で「光岳登山口」と書かれた大きな標柱が建っている。ここから魔の林道歩きが始まるのだ。

〈コースタイム〉
7月31日 奥沢井(7:50) → 三伏沢(15:40)
8月1日 三伏沢発(4:45) → 露営地着(12:05)
8月2日 高山裏発(5:15) → 荒川小屋着(11:00)
8月3日 荒川小屋発(4:35) → 百間洞着(10:20)
8月4日 百間洞発(4:50) → 聖平着(13:30)
8月5日 聖平発(4:30) → イザルヶ岳分岐(16:20)
8月6日 イザルヶ岳分岐発(7:15) → 小根沢橋(18:00)
8月7日 小根沢橋発(6:00) → 寸又峡温泉着(12:20)

南アルプス南部縦走 その2
山柴田 和子

 三峰に入会して一年、とうとう私にも編集の魔の手が伸びました。会員である以上避けることのできないものなのでしょうか。
 南アルプスの1週間(正確には前夜発7泊8日)は私にとって2ヶ月かけた山行でした。と言うのはこの1、2年大きい山へは全く出かけていませんでしたので気力体力作りにと7月に入ると毎日マラソンを始めたのです。せいぜい1キロ程度でしたがそれでも毎日続けることに意義があるのだと思い1ヶ月続いたことでまあまあ、気を良くして出発したのです。ところが南の南部は私にはあまりにも大き過ぎました。8月中は全くダメで9月も半ばを過ぎた今頃になってようやく体調が戻ったという有様です。第1日目、三伏峠までの登りっぱなしの6時間半、これがその後の縦走の険しさを物語っていました。フィナーレを飾るにふさわしい2日間に渡る長い長い林道の歩きで両足にはマメができ登山靴を脱いだりまた履いたり。扁平足の私は土踏まずにまでマメができてしまいました。東京に帰ると翌日から両足が異常にむくみ検査の結果肝臓が少しおかしいとのこと。先日出来上がった写真を見ても鈴木君は強そうに春原さんは楽しそうに二人共とても美しく写っているのに私はいつも「疲れたーもうイヤー」という顔です。こうして書いていると私の感想は辛くて苦しいことばかりのようですが、天幕の中でのハーモニカ、歌、そして暇つぶし、今を盛りと咲いているたくさんの高山植物など楽しいことも多くありました。私と春山さんがあまり食べないので後半食当の鈴木君は思い食糧をずっと運び歩くことになってしまい本当に申し訳なく思いました。それでなくても鈴木くんのザックは物凄いザックでしたのにね。天候に恵まれ良きリーダー、良き先輩にも恵まれた想い出深い山行、もう二度と行くことはできないかも知れない南アルプスの南部、やはり今年の夏休みは今まで2?年間の中で一番有意義に過ごせた夏休みでした。


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