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日本登山の原点と青春の1ページ"
久山 学

山行日 1977年7月8日~12日
メンバー (L)久山、鈴木(隆)

 上越国境の山の中で高さにもまして平らな山頂を有する平ヶ岳には前から何か惹かれるものがあった。今回は尾根道を使わず恋ノ岐川を登り平ヶ岳から白沢山、景鶴山を登って尾瀬に下るルートを考えた。前半はガイドブックにも載っていない沢、後半は道の記号のない尾根と日本古来の山登りを若者二人が実践した。結果はいかに....?。
 7月8日(金)、銀山平で林道を歩いて恋ノ岐橋まで行こうか、それとも船に乗って鷹ノ巣まで行って橋まで戻ろうか迷っているうちに小型トラックが来たのを幸いと二人で千円で出合まで乗せてもらう。出合発は12時、始めは小道が川沿いにあり利用させてもらう。清水小屋を過ぎると道も踏み跡程度になりやがて魚止の滝に出合う。いよいよ沢に入る。ナーゲルを地下足袋に替え昼食を食べながらネマガリダケを折った竿に糸を付け、餌は川虫で釣りを始める。20分くらいやっても全然その気配がない。釣りは諦めて先を急ぐことにする。沢は美しく天気がいいので二人とも楽しく足を進める。途中二度ばかり私が水に落ちる、服を濡らしてしまったのでそろそろ天幕を張らなければと場所を探し始めたがなかなか良い所がない。やっと張れる場所を見つけて落ち着いたのが16時30分。
 7月9日(土)、天幕場発6時20分。天気は昨日ほどではないがとっても梅雨時の空とは思えないほど気持ちが良い、二人とも登らなくても簡単に高巻ける所をへつり登ったりしながらグングン登る。昼食を食べ終わった所辺りから水量も少し減ってきたのが分かる。少々登ると二人の釣り人がイワナ釣りを楽しんでいる。話を聞くとこの辺はどこでも竿を入れると釣れるとのこと。我々も負けるものかとその辺の木を折り、それに糸を付け小石を重りに滝壺に糸を垂らす。2分くらい経ったので餌でも見ようかと竿を上げてみたらなんとイワナが掛かっているではないか。これは凄いと面白がりその辺で釣りを楽しむ。しかし、それ以後は全然音沙汰がないので先を急ぐ事にする。川幅も狭くなり丹沢の沢ぐらいになってきたが流れが緩やかで高度が上がらない。おまけに我々の前を大きなイワナが泳いでいるので隆さんが手で捕まえようと水の中に入る。苦戦の末、やっとの思いで大きなイワナが捕まる。こんな事をしているうちに時間がかかり過ぎてしまい、予定では今日は平ヶ岳まで行くはずなので足を速める。しかし、沢は長く緩やかでなかなか詰めの姿を現さない。そろそろ暗くなった頃、やっと稜線らしき尾根が見えてきた。ガンバローなと声を掛け合いながら登ってゆくと大きなナメ滝に出合う。悪いことに私の地下足袋のフェルトがとれてしまい滑るので直登を諦め左岸を高巻く。滝を巻き終わったら水量はかなり減っていて流れも穏やかになっいた。しかし、もう真っ暗になったので隆さんに頼んで今日は小さな台地に天幕を張る。20時。イワナを焼き、酒と麻婆豆腐を口にする。
 7月10日(日)、天幕場発8時45分。1時間ほど登ると雪渓が現れる。これは頂上直下まで続いているので行ける所まで行って、それから尾根に上がることにする。尾根に出て一安心したのが10時20分。池ノ岳で昼食を摂るが今日は選挙の日なので登山者は少ない。平ヶ岳着が12時。30分ほど休むが天気が悪くなってきたので白沢山へ向かう、こんな所に天幕を張ったら何日いても良いと思うほどあった。白沢山着が14時、木に単独行の人が半日前に通ったことが荷札に書かれて縛ってあった。ここからは道が悪くなり所々道を外す。1918mのピークが16時。今日は大白沢ノ池までと決める。さて、ここから大白沢ノ池までが踏み跡もなく二人で必死になって探す。二人が別々に歩き赤布探しをやる。大白沢ノ池が見えたときは例えようもなく嬉しかった。大白沢ノ池着19時。とても静かで良い所だ。
 7月11日(月)、大白沢ノ池発8時10分。相も変わらず藪との戦いだ。おまけに今日は雨が降りガスっている。藪山でガスがかかるとなかなか思うように進めない。尾根に出て一応確認するため大白沢山を空身でアタックする。9時10だ。カッパ山に向かって歩き出したのは良いが見晴らしが利かず地図とコンパスが頼りとなる。二人で方向を定めて歩き出すが全然踏み跡が見つからない。しかたがないので高い所へ登ってみると、そこは何とさっきカッパ山に向かって歩き出した所ではないか、結局我々はリングワンデリングをしてしまったのである。今日中に帰らなければならないのにこの2時間のロスは大きい。何とかカッパ山に着いたのが15時30分。ここからもの凄い藪と戦いながら景鶴山に着いたのが17時30分。くたびれて何にも考える気がしない。尾瀬に向かって小さな沢を下る。1時間くらいで平らな所に出る。後は尾瀬沼目がけて歩いた。ヨッピの吊橋が見えたときは何とも言えない喜びだった。木道を歩いて山小屋へ向かい、電話を借りて明日会社を休むことを伝える。その日は小屋泊り。小屋着20時20分。
 7月12日(火)、小屋発8時。長沢新道から富士見峠へ出て沼田へ出た。
 今回の山行を考えてみると素晴らしい登山であったと思う。ガイドブックにもない沢を詰めて道のない山を歩く。自分達だけの力で日本登山の原点を見たことは私にもの凄い感動を送ってくれた。会社を3日間も休んでしまったが、今考えてみてもこれほど内容の素晴らしい山行はめったに出来ないような気がする。きっと私の人生の大切な思い出になることだと思います。最後に私に付き合ってこの山行に参加してくださった鈴木(隆)さんには心からお礼を述べて終わりとします。本当にありがとうございました。

恋ノ岐川から尾瀬ヶ原へ
鈴木 隆

 今、山行から帰ってようやく後片付けも終わり机に向かってくつろいでいるところです。今回の山行は私にとって、単独で穂高へ行って吹雪かれ北穂沢へ滑落して以来の強烈な印象を残してくれました。
 藪山がこれほどシビアだとは予想もつきませんでした。何と大白沢山からカッパ山へ向かう時、リングワンデリングをしてしまったのです。2時間、強雨の中を一生懸命藪を漕いでやっとはっきりした尾根へ出たと思ったらこれが出発した所だったなんて....。この時ばかりはまるでキツネにつままれたようで、しばらく唖然としてしまいました。でも、いくら雨とガスで見通しが利かないと言え、地図とコンパスをしっかり見ながら行ったのに....クヤシイ!。
 今回は藪山のルートファインディングの難しさを肌で感じ取ったような気がします。何だかんだ、ぶつぶつ愚痴をこぼしながらも予定コースを歩き通した今回の山行は私にとって久々の充実した山行だったと思います。勿論下山予定日より一日遅れてしまったことは反省していますが。
 銀山平から乗せてくれたトラックのおじさん(檜枝岐の小屋まで荷物を運ぶという)の話。滑り台と間違えて滝壺へ直滑降したナメ滝。大奮闘で手掴みした岩魚。二日目の暗くなってからも沢を歩いた時の心細さ。雪渓の下を潜った時の冷たさ。さながら天上の楽園のような池ノ岳、平ヶ岳の池塘とお花畑。雨に煙って幻想的な白沢山、大白沢山山頂付近の湿原。必死になってヤブを漕いでいる時、突然目の前に現れた大白沢ノ池の静寂。藪の切れ間から見えた景鶴山の奇怪な山容とその時の安堵感。尾根が猛烈な藪のため景鶴沢へエスケープして下った時の不安感。途中から沢と分かれて樹林帯の中のクマザサを漕いで飛び出した時の尾瀬ヶ原の広大さ。我々の半日くらい前を常に歩いていて、尾瀬ヶ原で会った単独行者の近寄りがたいまでの逞しさ。昨日の荒天が嘘のような下山日の好天....などなど。どれを取っても一枚のスナップのように私の脳裏に鮮明に印象として蘇ってきます。
 人気の少ない静かな沢に藪山....いいものですね。


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