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52年沢合宿 谷川オジカ沢
別所 進三郎

山行日 1977年9月23日
メンバー (L)別所、野田

 「君達には10年早いよ、オジカ沢をやるのは」と冗談で久山、鈴木両君にタカノスC沢へのアプローチで言ったりしたけど、一昨日無事念願のオジカ沢の遡行ができた嬉しさと、オジカ沢を知ってから10年を経てようやくその思いを遂げることのできた感慨を強調したかったからです。両君ならば次の機会あらば軽く登ってしまうでしょう。でも、十年来念願の沢登りをやることが出来たなんて言えることは楽しいことです。
 谷川南面の沢合宿の例会計画が発表された時はもしやオジカをやれるのではと心の高まりを覚えた。それは次第にここでやらねば私のオジカ沢は永遠にあり得なくなる。最初で最後のチャンスだという意識が日増しに強くなっていった。私の持っている古い現代登山全集の谷川岳にはオジカ沢がやたらメッタラ難しいと紹介されていて、なた上田哲農というおっさんが「蝶とビバーク」という詩でオジカ沢で大変難儀したことの報告があり、当会でも野田、小島先輩も途中で引き返しちゃったりして沢登りのマスターズコースであるとの印象を持っていた。
 そんなイメージのためか本合宿のために今までやったことのないトレーニングめいたことを1ヶ月ばかりやったのである。ヒンズースクワットを毎日と食事に気を使ってみたのである。これは効果があったように思える。またトレーニングすればまだ何とかやれるんだという気持ちを微かに持たせてくれた。
 夜行列車を水上で降り谷川温泉までタクシーで入る。懐中電灯を使って牛首を回り込み二俣に5時到着、9時までテントの中で仮眠、9時過ぎにテントサイトを離れる。眠気が出てこない。気力充実していてコンデションは良いと意識する。
 魚止滝を越すと広河原である。左手幕岩に迫り上げている岩盤が川床に連なり右手の斜面まで一枚岩で構成されている。雪崩で削られた緩やかな凸凹面の岩床に立つと大摺鉢の底の居るという感じで未知との遭遇的雰囲気。広河原は長く変化のあるオジカ沢の一点にすぎないけれど、その部分だけ取り上げてもオジカ沢の個性ある美しさが思い起こされるのである。

銀座の裏通りのひび割れたコンクリートの路地なんて、いくら汚されたっていい。大勢にふみつけられ、こすられみにくくすり減って、そこを利用する人々に不愉快な感じを与えることになろうと、かまわない。
そんな所もあっていいんだ。
だってこの清閑な空間に、清浄なる自然の滑床を、額に喜びの汗を滲ませて、タンタンタンと飛び歩いて、いける様な、こんな所があるんだから。

 大滝は右の水際を攀じる、チムニーの滝は右岸を捲く、大ナメ滝は右岸を適当に登る。源頭付近の二俣を右に取ったらオジカ沢の頭から中ゴー尾根に広がる広大な草原帯に入ってしまって2時間あまりヤブを漕ぐはめになってしまった。このヤブでは疲れがドッと出た。しかし、国境稜線にはほぼ予定した時刻に出て野田さんと感激の握手を交わす。予定通り6時半にはテントに着き、一杯をやる場面を思い浮かべながら中ゴーを下り始める。中ゴーを少し下った所でヒツゴー沢に3人の遡行者を見つける。5時を廻っているので大変だなあと思ったのも束の間、どうやらうちの3人らしい、おまけに沢身から離れて天神尾根に突き上げている枝沢を登っている。やばい!何かあったのに違いない。コールし3人が久山、鈴木、関君と確認したが、こちらから何を聞いているのか聞き取れないらしい。時折ガスが沢から上がってきて彼らの姿を隠してしまう。彼らの状況を中ゴー尾根から見ている限りでは、(1)日は落ちてしまっているのでもうすぐ暗くなる、(2)天神尾根道に上るにはヤブを4、5時間漕ぐ必要があるだろう、(3)また彼らの詰めている枝沢は谷川岳直下まで突き上げていて上部の斜面はきつそうである、(4)沢登りが初めての新人がいる、(5)夜間の行動は危険である。そこで彼らは少しずつ登っていたが行動を即時中止しビバークするように呼びかけた。幸い天気は良さそうだ。呼びかけながら中ゴーを下っていって彼等と同じ高さの所になると互いの声がよく聞き取れ話ができるようになった。時間は既に7時近くになっていた。ヒツゴーの3人は皆元気。ただ沢を丁寧に登ってきて時間がかかってしまったとのこと。そこでヒツゴー沢を詰めるより天神側に抜け出たほうが早く稜線に出るとの判断から枝沢を詰めているとのことだった。私達は状況から見てビバークを彼等に要請したので彼等は了承した。星空のもとやせ尾根でのビバークもおつなものだし、これからサイトに下るのも億劫になってきたので野田さんと相談し天神側の3人と連れビバークすることに決める。
 野田さんも私もザックに入っている、身に着けられるものは全て着て眠る用意をする。雨具まで着込んだため、昼間の汗と寝入りの汗が発散せず冷えて水滴となってしまい、2時間もするとガタガタ震えだす。疲れて眠りたいが寒気の方が強く起きてしまう。星がガスでまばたきしている。3時頃とうとう寒さに耐えかねて焚き火を始める。生木の皮を燃やすとシューといってたちまち灰になってしまう。火種にはメタを使い、6時まで焚き火の傍でウトウトする。明るくなってコールすると3人はビバーク地点から直上するとのこと、中ゴーの我々から見ると彼等の目指している稜線は600mは高い。昨日の判断では相当時間がかかると思ったが枝沢を離れてダイレクトに稜線に向かったルートが良かったので2時間弱で天神尾根に到達してしまった。我々もやれやれということで下山を開始する。中ゴーを下り、二俣には新道経由の3人が我々より先に着いていた。ゆっくりと酒入りの朝食を摂り早々と天幕に引き上げる。


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