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私は今
多部田 義幸

 彼らが私達のトップを切って結婚した。その翌週、私は押し入れの奥に放り込んでいた登攀用具を数ヶ月振りに引っ張り出した。ガラクタ同然になってしまった、このボナッティのハーケンにも様々な思いが刻み込まれていると思えば捨てるに忍びず....。昨年の3月、東京を引き払う時、様々な思いと共に整理してきたはずの山道具....。ところがそんな役立たずの道具ばかりが今になってごろごろと出てくるのである。
 昨年は梅川をパートナーに一ノ倉へ通った。思いがけない彼の存在は私を一ノ倉の処女ルートへと誘ったのである。しかしながら、将来への夢や具体的な目標のなくなってしまった私にとって登攀を終えてあの満足感や次への飛躍のための意欲が湧いてこないのである。登攀自体に新鮮さを感じなくなってきているのである。まして精神的にも技術的にも乗りに乗っている彼とザイルを組むことが負担に感じることさえあるのである。何のトレーニングもせずにぶっつけ本番で登ることは土台無理なのであろうし、そんなに一ノ倉が甘くないことは充分承知なのである。しかし、それでも行く。やっぱり忘れられないのである。
 以前のように目標を決め、いつも何かに追われているような山登りは出来なくなってきている状態なのである。身近に仲間がいない、また仕事が精一杯であるという環境の問題など...作ろうともしないのだが。休暇が取れないという時間的問題。そんな様々の変化で以前の私の面影はないのである。
 東京での生活、思い出が捨て切れないように山への思いもスッパリとは断ち切ることができないでいる、そんな中途半端な人間なのである。今は年に一本でも二本でも登り続けたいと願うのみである。
 柔らかな夏の日差しが一日に差し込む部屋で新品のギターを手にして平和な青春を歌っています。


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