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釣りのはなし
川田 昭一

 真ん中の子(4才の長女)の「お父ちゃん高登さんよ!!」と下からの声だ。読みかけの本、森敦の「月山」にしおりを挟みながら「今おりるよオー」。
 近くに住む従兄のこの高登氏の定期の訪問だ、既に居間に置かれたテーブルの上には僕のために空のコップが一つ置かれ、もう一つのコップは高登さんの手元に3分の1の量を残して置かれている。「いやァーいらっしゃい、今日早じまいかねェー」
 「石屋も季節があってネェー、今日は寒いから客の入りも少ないネェー、これで彼岸を過ぎるとぼつぼつてなところだよ....、話し変わるけど何処か良い所見当つけてみたァ昭ちゃん?」半オクターブ高い声で問われる。
 「そうだねェー今年もあそこだよ、ただ少し下流を探してみようと思ってね」
 切れ長の目を大きく見開いて「しかし、いる所にはいるんだネェー、まさかあんな細い流れに尺の天然モノがびっくりしたよ、昭ちゃん!!」(尺の天然モノとは33cm以上の岩魚で人造湖で育ったモノ、放流したモノを除く。普通45cm止まり。余談だが新潟の銀山湖の岩魚は50~60cmの大モノがいるそうだが雑魚が豊富なため勢い大形岩魚が育つというワケ)
 「本当だねー高登さん、要はいかにしてポイントを探し当てるかだね、大川で釣り上げた成績よりは小さい流れを数多く当たって沢山いる流れを見つけ出した方が短時間に成績は上がるし、釣りのコツも早くのみこめる....第一感じも違うよ、やっと宝の場所を探し出したなァーてな、無垢な嬉しさがあるよ!!」
 「それそれ、その感ンヅ、俺も好きだよなァー、なんづすてあんなちゃっけな沢で尺物がウヨウヨと育つんかナァヤー、大川ならわかるべに」やや赤みが増してきた顔と舌のだるさも手伝ってか会津のアクセントで高登氏、しきりに連発するようになる。
 「自然の条件がピッタリ揃っているんだよきっと、あの山域は落葉樹林で覆われそれに群がる虫が多ければ岩魚一匹の食い扶持も多くなり尺物も増えるという寸法さァ、その他住み心地も一番だよ、まあ高級住宅街というところかね、更に山を削って林道を作れば木々が枯れ虫が減り土石流が多く川に流れ込み、今まであった岩の穴も埋まり岩魚の住まいそのものが潰れ環境破壊に対する国への損害要求も出せず泣き寝入りだ。大人の岩魚は砂の下でも生きられるそうだが筋子は埋まってしまえば繁殖がそこでストップ。死の川にならないまでも尺物のいない放流専用の川に化けちまうよ」
 「んだァー、バランスが保たれているから尺物がいる。逆に取りにくいダァー。山サァ、ヘェーリにくいからナァー。難儀しなきゃぁ宝の場所へ何度も何度も足を運ぶというのはつまらないネェー飽きてくるよ。別の居場所を探したくなるよ。もっと大きな岩魚がいないかって期待しながら」
 「んだ、釣りにはロマンがあるよナァャー」
 思川沿いに上流につけられた国道、それは峠越えで足尾へと続いている。朝霧を気にして車を走らせる。地蔵岳から派生した太尾根が終わる所に「発光路」という部落があり、そこで車を降りる。
 思川もこの辺では名を変えて粕尾川となり、やはり地蔵岳へ向かって谷が入り込み消えている。好天を約束するという朝霧も峠に向かって吹く風に乗ってみるみる消えていく。杉の皮でふいた黒い屋根がまだしっとり濡れている屋並を縫って我々は川へ続く小さな道を下る。僕にとって始めての渓流釣りが始まる。川の流れに逆らわないように作られた仕掛けをうねうね流れる中へ落とすと軽い仕掛けは流され糸のたるみがピーンと張られてくる頃竿を煽ってやる。
 なるべく岩魚のいそうな所(ポイント)でこの繰り返しをすれば釣れるようになると教わった。だが釣果はどうだろうー。
 この繰り返しを半日続けたが、はっきりとした違いがビクの重い、軽いの差になって現れた。
 半日かけたビクの中身、僕は0匹、一方高登氏、半日かけてサビの取れた上物の岩魚が5匹収まっていた。
 5匹の岩魚は高登氏のポイントの探り方、仕掛けの合わせ方、取り込み方と三拍子そろった腕のうまさにかかったのです。このハッキリした違いは何だろナー、僕の釣り方それは一口で言うと、岩魚を逃してから釣り糸を送り込む、うまくポイントへ近づき仕掛けを入れたものの釣れるはずがない。魚が逃げた後なのだから。
 高登氏がよく言っていた「岩魚は散らさず溜めなくてはだめだよ!!」
 当たり前のことを言葉にしただけなのですが、しばらくはなかなか出来るものではありません。成る程味のある言葉だったのです。
 ポイント探しの苦労、それへのアプローチのし方等の他、釣り上げる時の竿の煽り方、渓流の様子で決まる仕掛けの作り方、季節によってあるいは朝、昼、夕方と日の照り具合に合わせた餌の選び方など奥の深いものがあるようです。
 「難しいことばかり書き並べていないで、沢山釣れるようになるコツ教えろよォー川田!!これが引金で釣りキチになれる一番の早道をサァー」こんな質問が出ることを予想していたんです僕は....。ところが非軟弱高級会員「出るわけ無いだろォーそんな軟弱会員、お前を除いていないぞォー」鬼軍曹のような恐ろしい視線を秘めた高級会員は更にまくし立てる。
 「三峰のモォートォカラーをぶち壊す悪の根源だ、そんな軟弱野郎は退会しろォー」
 「ちょっと待って下さいよ!!あなたのおっしゃることはよくわかります、私に話も聞いてくだいョ」
 「スキーや岩登りと同じ、面白みが増したら止められない魅力を持っているし、それにとっさの場合は非常食に早変わりしますよ、釣り方を心得ていればネ。あなたの好きなアフタースキーよろしくアプターボッカの味のお供などにもいかがですか?」
 非軟弱高級会員:「バカ何を言うかァー....。しかし、小さい声で教えてくれるヵー、そっとだぞォー」
 「ハイ、一番の早道、それは沢山釣って慣れることです、アプローチのし方、煽り方などを....。沢山いる場所を訪ねて釣ることです、釣り過ぎない程度にネ」


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