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夏山合宿第一 赤石沢遡行
須貝 寿一

山行日 1979年8月2日~6日
メンバー 須貝(単独)

 赤石沢の遡行は赤石沢と大井川との出合(赤石渡)ではなく、そこから2.5キロあまり林道を北上し椹島の少し手前に架けられた赤石沢橋辺りより始まる。僕が赤石沢橋に着いたのは夜行列車の寝過ごしがたたって正午をかなり回っていた。赤石沢の流れは赤石岳、聖岳といった3,000m級の山の懐にもかかわらず穏やかなもので名だたる赤石沢の形相ではなかった。
 橋より50mほど林道を歩いて沢に下り立ち、軽い腹ごしらえをしてから沢に足を踏み入れる。夏の日差しが木の間越にも強いせいかワラジ履きは気持ちが良い。沢は最初のうち石がゴロゴロしている河原であるが少しして急に左に折れた辺りから両岸が切り立ったゴルジュになる。ゴルジュと言っても沢幅が広いから遡行する分にはゴーロと変わりはない。そのうち巨岩が所々に点在するようになって、沢は急に狭まり深い釜を持つ渕がいくつも現れるようになる。そこでイワナ渕の廊下に入ったことに気が付いたのだが、肝心のイワナ渕は夢中で渡渉してきたせいか気付かずじまいだった。
 イワナ渕の廊下はゴルジュの発達が弱いせいか高さはせいぜい5mほどのもので心理的な圧迫感はないのだが、渕の中には沢幅を急に狭くして流れ落ちる滝を持つものがあり遡行を非常に困難にさせる。そうした渕は赤石沢水系の水を一気に集めるだけあって水流は激しく渡渉にザイルを使用せねばならぬものもあり、ヘツリに際しては釜が深いので首まで浸かる必要のあるものがあった。それにしても、イワナ渕の廊下を含めた下部ゴルジュ帯は巨岩のゴロゴロした中に雑然と一枚岩の渕を大小様々有しており荒々しい自然の力量感を見事に表現していて素晴らしい。東京近郊の沢との決定的な違いはその力量感にあるようだ。
 イワナ渕の廊下に連続するようにニエ渕の廊下が現れる。そこで3人パーティが早々にテントを設営しているのに出会った。必要な情報を交換し合ったが彼等の話によると、これから先は適当なビバークサイトがないとのことで少し躊躇いを覚えたが、時間的に早かったし心理的に弱くなるのを嫌って先に進むことにした。彼等と別れて直ぐに別の3人パーティに会う。まるで一ノ倉から出張してきた出で立ちで全身をハーネスで覆いボルト類まで持参している様は沢登りの概念をどこかで取り違えているような気がする。話を聞いてみると翌日のために3ヶ所ほどザイルを固定してきたとのことで増々滑稽な感じを受けるが、結局は僕もそれを使用してしまったのだからあまり批判めいたことも言えない。しかし、今回の赤石沢の遡行ではその核心部に残置された固定ザイルが数本見受けられた。それは悲しいことだ。沢遡行においてでさえザイルを残置せねばならなぬほどの力量なら沢に入谷てはならぬのだ。後からの遡行者の楽しみを半減させてしまうのだから。
 ニエ渕の廊下は入口で一度急に狭まり圧倒的なゴルジュの様相を呈する。両岸が切り立ち陰湿な感じで川床が深く渡渉もできないから手掛かりの少ない側壁のトラバースになる。それが非常に困難だが前のパーティの固定ザイルと何本かの残置ザイルのおかげで短時間で通過することができた。核心部は思いの外短く時間にして30分ほどのものだった。
 核心部を抜けると沢は徐々に広がりを持ち始め単調なゴーロ状になり20分ほどでネジレの滝の前に着く。これから先は本当にビバークサイトがないような気がしたので今夜はここでツェルトを張ることにする。
 沢筋から5mほど離れた一枚岩の上にツェルトを設営し濡れた衣服を乾かしながら茶なんぞをすすっていると山奥深く分け入ったことへの喜びがしみじみと感じられる。その反面、赤石沢の素晴らしい渓谷美を前にして感激を分かち合えない淋しさも感じるのだ。どうやら沢登りの楽しみには非常に刹那的なところがあり単独行は似合わない。
 2日目、6時出発。雲の切れ間からかすかに薄日が差す程度で天候の崩れを予感させる。目前のネジレの滝は巨岩の間を縫って細いけれども水流は激しい。右岸の巨岩の乗越しには少々苦労するが比較的楽に通過。それから高巻きの嫌らしい滝がある他は難場もなく北沢出合まで河原が続く。
 北沢は赤石沢最大の支流であるにもかかわらず水流は細々としている。北沢のガレを右手に見やりながら、わずかばかり左に折れて歩を進めると沢は河原からゴルジュになって直ぐ目前に激しい水飛沫を上げる門ノ滝が現れる。門ノ滝は赤石沢最大の滝で落差は20m程度だが水量が豊富に流れ落ちる様は圧倒的だ。ちょうど左より出合う白逢沢のF1より取付き左岸の草付きを登って通過。門ノ滝より直ぐに大ガランになる。大ガランは腰まで水に浸かり左岸より取付き少々被り気味の巨岩をスリングをアブミにして乗越す。大ガランから直ぐ上は右手の傾斜の強いガレのトラバースで緊張を強いられる。沢身に戻って歩を進めると赤色の巨岩が所々目につき、今まで一枚岩のスラブで構成されていた渕もそうした巨岩でせき止められたものに変わり始めた。沢幅は広いのだが行く手を巨岩で遮られることが多くそれを乗越すのに大分苦労させられる。同行者がいればショルダーなどを使って楽に通過できるのだが。
 大ゴルジュの手前100mほどになって左壁に赤石が積木状に構築されたような廊下がちょうど獅子骨沢出合に続いている。そうした赤石には沢筋と平行に白い筋が幾本も走っていてまことに異様だ。右手には赤岩の岩小舎、行く手には半円ドームをくり抜いたような大ゴルジュが圧倒的に迫り、この辺一帯は赤石沢で最も規模が大きく素晴らしい場所である。大ゴルジュは右岸のルンゼから取付き急峻な尾根を沢から100mほど高度を上げ、絡めるように尾根を巻く。この高巻きは踏み跡があって楽なのだがホールドにする灌木には抜けかかっているものが多くアイスハンマーを多用しなければならなかった。大ゴルジュの上からは沢は弛緩し川床も薄くなりゴルジュの感じはするものの遡行は楽で、1時間ほどで大雪渓沢出合に着いた。ちょうど正午である。我ながら遡行の速さには感心する。ここから百間洞の幕営地までは4時間とかからないであろうが翌日、大雪渓沢を詰める予定なので時間的には早かったが早々にツェルトを張ることにした。1時頃から雨が降り始め明日の天気が思いやられる。
 3日目、6時出発。予定では大雪渓沢を詰めることになっているが天候が前日より下り坂に向かっていたため予定を変更して本流をこのまま詰めることにする。小雨がぱらついているというものの、これから先は取り立てて難場もないはずだし赤石岳を越えてくる本隊と今日中に合流できると思うと足取りも軽い。沢は部分的にゴルジュを見せるが概ね河原で30分ほどで大渕滝に着いた。大渕滝は直径20mほどの渕で赤石沢では最大のものだが下部ゴルジュ帯で見るようなスラブで構成された美しさはない。右手の尾根を小さく巻いて通過。大渕滝からは巨岩の数もめっきり減り川床も薄くなって苔むした滑滝なども現れてくるようになる。谷筋にも灌木の枝が垂れるようになって前日までの荒々しい形相は全く感じられない。
 しかしながら裏赤石沢の出合を過ぎて間もなく今までの様相から一変して暗く深いゴルジュになる。ゴルジュの距離は短いのだが、ちょうど同じ大きさの渕が4個ほど階段状に連なりその奥には赤岩の巨岩だけで構成された滝が20mほどの落差で控えていて構成の整った美しいゴルジュを見せてくれる。そのゴルジュの通過はめっきり少なくなった水量のお陰で楽なものだった。ゴルジュからはゴーロ状の河原が二俣まで続く。
 二俣7時30分着、それにしても随分速いペースで来たものだ、入谷前に色々と思惑をめぐらしたのが馬鹿みたいだ。二俣から百間洞の幕場まで1時間30分程度だから全体の遡行時間は昨年の赤谷川より短く力量の揃ったパーティなら赤石沢は1泊2日の行程だろう。
 二俣からは右手の百間洞を遡行して行けば稜線までもうわずかだ。源頭へのフィナーレを求めて足取りも軽い。しかし、遡行し続けていくうちに惨めさが募ってきた。ちょうど百間洞の大滝の手前からゴミが目につき始め沢を汚している。上流にある幕営地と小屋からのものであろうが、話には聞いていたもののこれ程のものとは思ってみなかった。沢の死である。白い糸を引いたような美しい百間洞の大滝も何の感動もおきない。源頭は沢遡行者にとって遥かな憧れである。源頭は美しいものでなければならぬのだ。
 大滝からは乾いた咽を潤すこともできずに目に見えて先細りしていく単調な沢を遡行し続け、ガスで視界の利かぬ百間洞の幕営地に着いたのはちょうど9時だった。

〈コースタイム〉
8月2日 赤石沢橋下(12:30) → ニエ渕廊下入口(14:10) → ネジレの滝前(15:30)
8月3日 出発(5:45) → 門ノ滝(7:50) → 小雪渓沢出合(11:00) → 大雪渓沢出合(12:00)
8月4日 出発(5:50) → 裏赤石沢出合(6:45) → 二俣(7:30) → 百間洞幕営地(9:00)

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