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大常木谷
島田 兆子

山行日 1979年5月19日~20日
メンバー (L)須貝、浅野、林田、島田

 若葉が色づき始め青葉の季節を迎える5月の末、気心の知れた4人で奥秩父一番の悪沢と言われる大常木谷に足を向けた。都心では半袖姿もちらほら見られる初夏だというのにここは春に目覚めたばかりのように新緑が目をちらつかせ、足元を流れる水は肌を刺す。ちょうど1ヶ月前の丹沢の水は心地よいくらいだったのに....。
 何故かこの沢は人の侵入を拒んでいるかのごとく体に中々馴染まない。もしかしたら、前日の遊女の幽霊の話が私の体を硬くさせているのだろう。
 急峻な尾根を下り出合に着いたのは8時50分だった。出合は一ノ瀬川に注ぐ静かな流れで、そこからは奥秩父一番の悪沢とは到底想像できない。出合からはいくらかの小さなナメ滝があってこんな風だったら大したこともないと思っていたら、深い淵の五間ノ滝8mが迫りどこから取り付いたらよいか判らず、もしかしたら泳いで取り付かなければいけないのかと思い、泳ぎの不得手な私はびびってしまった。結局は右壁を腰まで水に入りトラバースして滝の左岸に取付き登ったが水が冷たい上に飛沫が全身を濡らし散々の目にあった。
 これより先は今まで経験したことのないヘツリが多く恐ろしい思いをして千苦ノ滝25mに差し掛かる、この滝は直登が不可能なので左岸より高巻いた。ちょうど千苦ノ滝を巻き終わり休憩した頃、木立を抜けた日差しが川面に映し出されてキラキラした柔らかな沢ならではの安らぎを与えてくれた。それから山女魚淵までは倒木が多く沢登りよりサーカスの曲芸まがいの橋渡りをした。山女魚淵は両岸が切り立っており釜は小さいながらも両岸が手がかりのないスラブのため左壁を高巻き、10mほどの懸垂下降を強いられた。その懸垂下降は空中懸垂でたかだか2級ルートと高をくくっていた私にとってこの沢一番の恐怖であった。おそらく須貝さん以外の浅野、林田両氏もそうであったのではないかと思う。ここで下降のみで30分くらい時間を費やしたため先を急ぐあまり早川淵はあまり印象もなく通過してしまった。
 不動ノ滝二段15mは一段目を左岸より登り二段目の滝は苔の付いた左壁より高巻いた。その際下半身泥まみれになったため沢に下り腰まで水に浸かり風呂に入る気分で一心に汚れを落とした。汚れが気になるところをみると私も一応乙女なのかしらん....。これより先は単調な河原歩きが続き会所小屋に着いたのは3時だった。
 小屋はひっそりとした山間にあり一匹のヤマネを見ることもできた。ボロ小屋ではあったが焚き火をしたり浅野、林田の美声を聞いたり浅野さん持参のバーボンウィスキーの酔も手伝い楽しい一夜を過ごすことができた。
 鳥の合唱と頬をなでる爽やかな風とともに朝食を摂る。核心部は昨日のうちに済ましているため、かなりのんびりした気分で9時に小屋を後にする。会所小屋からは単調な河原歩きが続き、その中にも苔の付いた小さなナメなどもありどうやら源頭らしくなってきたものの相変わらず水量は多かった。そんな調子で河原歩きを1時間ばかり続けると巨岩を控えた15mの滝にさしかかり岩もしっかりしていたが一応ザイルで確保してもらい登った、別に難しい所ではなかったが....。
 これで大きな滝も終わり最後の詰めは思っていたより短いガレで、ともすれば登山道も上まで続くガレの中にあるため間違えて通り過ぎてしまいそうな所にあった。
 天候が怪しくなってきたため前飛竜の手前で休憩をとり岩岳尾根を急いで丹波へと下った。
 沢に入るようになりまだ10回ぐらいしか行っていないがあまり今回の沢は開放的とは言い難く、どちらかというと陰湿な感じさえ受け取れた。
 年をとるに従い沢に足を向ける回数も多くなることだと思うが、できることなら2~3泊できて途中で岩魚などを釣ってもらい(決して自分では釣らない)それをつまみにウィスキーをちびりちびりやり、最後に詰めて行った所が花の咲き乱れる湿原を持った山だったら最高だろうと思う。決して詰めが藪でなく、まあ藪があったとしても背の低い熊笹ぐらいにして....。
 私に言わせると岩登りはなんとなくもうスポーツ的要素が強そうで馴染めなく情緒などを要する尾根歩きと危険をも含む岩登り技術を少し取り入れた沢がただの縦走より魅力です(勿論重荷を持てないせいもあるのだが)。年に一本ぐらいは自分で納得いくような沢をやりたいと思っています。ただ残念なことに当方はカナヅチのため、泳ぎのうまいパートナーを見つけてからのことですけど....。

〈コースタイム〉
5月19日 出合(8:50) → 千苦ノ滝(11:30) → 二段ノ滝(13:45) → 会所小屋(15:00)(泊り)
5月20日 小屋発(9:15) → 縦走路(11:30) → 雲取への分岐(13:15) → 前飛竜(13:30) → サオラ峠(15:00) → 丹波バス停(16:05)

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