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大博多山 その1
小柴 芳美

山行日 1980年11月2日~3日
メンバー (L)川田、播磨、伊藤、高木、山本、村山、小柴

 11月2日朝、ザックを体の一部にして山頂目指して歩き始めた。
 林道を過ぎ沢の入口に立ってみると思ったより雪が積もっていたのでビックリした。自分ではきっとカサカサ枯葉の音のする山行だと考えていたので....。
 沢伝いにジグザグに歩く。キノコを見つけながら楽しい会話に耳を傾け、自分の歩幅と前の人の歩幅が合わなかったために何度あの冷たい沢の水に手を入れたことか、何かに気を取られると自分の足の長さを忘れてしまう自分を発見した。
 しかし、そんな楽しい歩きも長くは続かず、雪の積もっている木と木の間を潜って行くようになると口数も少なくなり手の感覚がなくなっていく気がした。
 木の根元の所をつかむだけでも大変だった、つかんでいるのかいないのかの区別が判らないほどの手の冷たさであったから、それでも前の人に遅れまいと這うように登って行く自分って何だろうと考えてしまう。
 人というのは勝手な生き物らしく、最初あんなに綺麗だと思っていた雪が、今はない方がいいと考えて歩いている。
 早く稜線に着かないかと繰り返し頭に落ちてくる木の雪を払いながら、やっと午後2時30分に稜線に着く。
 山頂到着2時50分。夕食には今日採ってきたキノコを食べ、楽しい時間を過ごした。今夜は星が目の中に入りきれないほど輝いていた。
 12月3日、山行予定を雪が降っているので変更し、昨日の道を下ることになった。下りは滑るように駆け下りたため思っていたより早く林道に着いた。
 今回の山行も反省すべきことが沢山あったが、一番のミスは毛糸の手袋を持っていかなかったということであった。
 安易な考えでの参加は自分にとっても仲間にとっても怖いことなんだと考えさせられた。こんな初歩的な失敗せず色々調べた上で数多くの山行をしていきたいと思います。

大博多山 その2 大博多山の怪
高木 利守

 よく「山の怪奇現象」なるものを人から聞かされるが私が聞いた”あれは”その類のものなのだろうか。
 川田さんから電話で南会津にあるこの山の名前を初めて聞いた時は全然ピンとこなかった。しかし、特に行きたい山もないことだし静かな山行の楽しめるヤブ山の一種だろうと思い、「はい、行きます、よろしくお願いします」と地図名だけ聞いて山の名前など忘れてしまった。
 当日は雲天で青柳に2台の車が到着した時は雨が降り出す寸前といった空模様。林道の入れる所まで車で入り後は青柳沢を詰めて行くのだ。沢に入ると雪がかなりあって驚いたが、天然の「ナメコ」や「ブナハリタケ」が沢山採れて夜の楽しみ(後で恐怖になるのだが)が待っている。途中に「三段の滝」なるものがあって直登が難しいので雪の深く積もったヤブの中を高巻きしていったが意外とタイムがかかり体力もかなり消耗した。特に軍手をしていたので手がかじかんで苦しかった。その頃は既に小雪がちらちら降っていた。
 待望の稜線に着いたのが2時30分頃で膝まで雪が積もっていた。山頂と思しき方向へ進んでいくと空瓶が木にくくりつけてあって山頂であることを示していた。三角点は雪が深くどうしても見つけ出せなかった。メンバー全員の名前をメモに記入して、その「登頂記念名刺入れ」とでもいうべき瓶の中へ入れていった。稜線には全く足跡などなく無人の雪山だった。
 テントは山頂から10分くらい南へ向かった稜線上に張ったのだが、後日考えるとこの場所が良くなかったのかもしれない。
 キノコ汁を沢山食べて楽しい夕食が済んでシュラフに入った時は既に暗くなっていた。1時間くらい経ってからだろうか、しんと静まり返った山中で「足音」を聞いたのは。始めは誰かキジ撃ちに行ったのだろうと気にも止めなかったが、2~3分後に再びズボッ、ズボッと雪を踏みしめる足音が右から左へ流れていった時は変だなと思った。まさかこんな夜遅くこんなヤブ山へ来る登山者がいる訳がない。「足音」は再び2、3分おきに右から左へ流れていった。以後、何度も聞えるので思い切って横に寝ている播磨さんに聞いてみることにした。「何か足音のようなものがさっきから聞こえませんか?」すると会長は、「うん、聞えるネ」と、あまり気にも止めていない様子でシュラフに潜り込んだ。
 私は相変わらず聞こえる「足音」を聞きながら考えた。熊や鹿がテントの周りを歩き回っているのだろうか。木の枝が風に吹かれてぶつかり合っているのだろうか....。
 「足音」はテントの10メートルくらい北側から出発して南側へ数メートルくらい歩いた所で停止する。音は大型の登山靴で雪をギュッとラッセルする音によく似ていた。「足音」が消えたのは夜11時頃になってからだった。しかし、再び2時頃から回数は少なくなったが出始めて4時頃完全に消えた。
 翌朝は大雪になって、結局丸山へ行く予定は中止になり、もと来た青柳沢を下だって行ったのだが深い所では腰まで雪が積もっていた。下りはあっけないほど早く林道終点へ着いた。
 青柳の集落へ車が着いた頃は天気も良くなったが、大博多山はガスがかかっていた。どんな形の山か結局判らずじまいだった。
 湯の花温泉の共同浴場で冷え切った体を温めて、帰京する頃は快晴になって、特に車窓より眺めた七ヶ岳の形が面白かった。
 月日の過ぎた今となってはどうということもないが、あのテントの中で聞いた「足音」の複雑怪奇な印象は忘れられるものではない。山というものはどうやら得体の知れないほど奥深いということを今回は思い知らされた。
 私は今まで山というものは岩と土との塊であって山頂で何か食べながら美しい風景を眺めて楽しく過ごす所とばかり思ってきたが、今回の山行で我々の先祖が山への畏敬や信仰の念が再び心に蘇ってきたと思う。この事は今後の山行に深みを与え、より一層印象深くしていくことだろう。


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