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随想・山の話
田原 宏史

 最近の山へ登る人達の服装はスキー客と同じようにカラフルになりとてもスマートである。まるでファッションショーのようだ。なにせ金をかけている。帽子から靴、そしてザック、何から何まで先ず外国製で固められている。あれでは山男は女に不自由しないし、山女も昔のように婚期を逃すことはないだろう。晴れた日の午後、付近の岩場の上でパイプなんぞをくわえてのんびりとトカゲを決め込めばまるで絵になるな。
 しかし、変われば変わるものだね、昔の山屋はダブダブでボロボロの継ぎの当たったニッカーボッカを履き、ペラペラのオープンシャツを2枚重ね着して、どっから見ても町の乞食か浮浪者かと思われるいでたちで山登りをしたものだ。靴はコッペパン式であちこち歩き回って古くなっているものだから靴底の前の方が剥がれており、よく見るとそれ以上ひどくならないように針金でグルグル巻きにしてあったり、超特のキスリングも汗と泥にまみれて悪臭を放ち、あちらこちらが破れて中身がこぼれそうになっていたりする。女にもてようと毛頭思っていないから場所もわきまえず所構わずにゲップはするは、カラキジは打つは、更には無精者で髪はボサボサ、髭は伸び放題、それでも本人はいっぱしの山屋ぶっちゃって山の中にいればすぐにヨロしイホーとかなんとか大してうまくないヨーデルを唸ったりして大満足なのである。食事事情にしても今は1食百円の豪華な宴会を夜毎テントの中で開けるが、昔は大変だ。1回ン十円である食べ物の主力は米と乾パンで、副食は大体味噌とかキューリ、それからネギであり、山から降りる頃は多分に栄養失調気味になっていた。であるからして山のゴミ屋が登場する訳で、そろそろ下山しそうなパーティとかテントを見つけるとすぐさま飛んでいき、「食料で余っていたら置いていってくれませんか」と声を掛ける。なにせ山賊のような風体であるからして充分一も二もなく大抵分けたくもない食料を適当に置いていってくれるのである。そして長い山の生活も終わりに近づき、今までに貯めた食料のうち米、醤油、油、砂糖など売れそうな物を山小屋に売りつけにいく、そして泣いて頼むのである。「長い山の生活で手持ちの金も底をつき、家まで帰る金がないのです。ついては余分な食料を何とか買ってくれませんか?」とやるのである。これが大体OKである。大名気分になるのはこの頃からである。
 下山はオートンで混んだバスなどには乗らない。町に着いても拾い集めた食料を売った金でフトコロは暖かい、飲み屋のハシゴが始まる。いつものように最後はゲロピンとなり鈍行の夜行列車で帰京である。明け方東京に着く頃は酷い二日酔いであった。それでは、また。


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