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冬山合宿・穂高 その1
川又 康司

山行日 1980年12月31日~1981年1月4日
メンバー (L)広瀬、伊藤、川田、播磨、江村(真)、江村(皦)、川又、高木、麻生、相沢、鈴木(嶽)

 1981年を目前とした12月30日、我々三峰山岳会の冬山合宿参加者10名は新宿を後にした。
 この合宿を前に例年にない遭難のニュースを新聞、テレビ等で知る度に冬山らしい冬山を知らない自分にとって、とても不安であった。
 松本駅で朝食を食べた後、タクシーで沢渡へ向かう。タクシーの運転手が、今年はニュースなどで知らされているように雪が多く、この時期に松本市内にこれだけ雪が残っていることはまずない、と話をしていた。
 タクシーから降りると寒さで目もぱっちりとしてしまった。さすがに雪だらけである。天気は上々で記念写真の後、本日の目的地である上高地へ向けて出発。
 歩き出すに従い日差しが強くなりヤッケも着ていないのだが暑くて仕方がないくらいである。特に気をつけるような所もなく釜トンネルを通過、そして昼食、ここで江村(真)さんと合流。昨日までは大変な雪で、夜もろくろく寝ることもできなかったそうである。昼食後、江村(真)さんの案内で天幕地へ。途中、田代池で見た雪の焼岳の素晴らしさ、美しさにうっとりである。
 テント設営後はいつものように夕食の準備をする。少々のアルコールも入り話も弾む。
 下界では大晦日の今日は、去年までの自分がそうであったように炬燵で紅白歌合戦でも見ているのだろうか、そんな時自分は寒いテントの中で....とふと思うのだが、皆んなと笑いながらバカ話をしているとすぐまた忘れてしまうのである。
 明日の西穂高アタックの成功を誓いながら、またいつものようにテントの中の蓑虫となる。
 朝、シュラフを出ると既にカマ天の中では食事の準備も終わり、新年の挨拶の後、朝食となる。薄暗い中をサブザックにピッケルを持ちアイゼンを付け、西穂を目指してベースを出発する。
 歩き出すにつれて体も暖まってくる。急坂を登るにつれ明るさも増し改めて冬山の美しさを知った気分である。
 西穂の小屋で昼食とする。街中にいるときはさほど美味しいと思わない行動食、特に羊羹の美味しかったことは驚きである。小屋を後に西穂へ向けて歩き出す。今までのような樹林帯と違い風も出てきた。目の前に見える独標は何と遠いことか。独標下の岩場も無事に通過、ついに独標へ到着する。先程まで連絡がつかなかった後発隊の田原さん、山本さん、村山さんと交信に成功。各自思い思いにカメラのシャッターをきったり、江村(真)さんはスケッチをしたり、僅かな時間を楽しく過ごす。
 ここで予定していた西穂を諦めベースへ下ることにする。岩場を過ぎると登りでは長く感じられた道が何と短いことか、あっという間に小屋に着いてしまった。3時ごろにはベースキャンプに到着、後発隊三人と合流、これで全員集合である。
 3日目の予定は蝶ヶ岳から徳本峠へと変更となる。雪の降る中、ベースを後に徳本峠を目指す。峠入口でワカンを付け歩き始める。初めてのワカンである。トップを5分間で交替するのだがこの5分間がなかなか辛い。峠入口から1時間30分も歩いた所まで来た時、直径20センチぐらいの木が折れているのが目についた。何と雪崩だそうである。しかもつい最近の、今すぐに雪崩がきても不思議ではない状態であるためリーダー、サブリーダーの判断ですぐに引き返すことにする。時間もまだあるため穂高神社でのんびりする。ベースに向かう途中、野生の猿の集団とご対面、動物園の猿のイメージと違いかなり鈍い動きであった。やっぱり寒さのためかと納得する。
 ベースキャンプで合宿最後の夜を迎え反省、思い出に残ったことを話し合いながらまたしてもテントの中の蓑虫となる。
 下山日、日に日に関東風料理から関西風料理へと移っていった食事を摂り、雪の中テントを撤収。まだ残っている江村(真)さんと別れ。今年は去年以上に山に入ることを誓いながら沢渡へ向けて歩き出した。

冬山合宿・穂高 その2 後発隊
村山 久美子

山行日 1981年1月1日~4日
メンバー (L)田原、山本、村山、岡田

 1月1日、タクシーで沢渡まで入る。靴紐を締め直しちょっぴり緊張気味の自分を励まして出発。しっかり踏まれている雪道は想像していたものと随分違いホッとする。空には星が輝いて今日の好天を約束しているようだ。先発隊は恵まれたネと羨ましく話す。歩いているとザックの重さが堪えるなんて泣き言を言ったら笑われてしまいそうだけれど始めの1時間は背中が痛く、ザックをヨイショと持ち上げてばかりいた。新山吹トンネルが近づいてきた。トンネルのことは少し話を聞いていたが思ったほど凍りついていなくて一安心。ただ足元だけを見て水の流れ落ちる音を聞いてやっとトンネルの外へ出る。ずっと続く平坦な雪道。いくつかのパーティが私達を追い越して行く。
 2度目の休みで朝食。田原さん、愛妻弁当ごちそうさまでした。そこから少し歩くと、かの有名な釜トンネルの中。再び懐電を頼りにひたすら歩き続けた。トンネルを抜けた時、風を感じた。山に近づいている意識が強くなる。道が狭くなり片側が少し切れ気味になっている所に差し掛かった時、右の斜面からパラパラと雪が落ちてきた。「こんな所は早く通り過ぎるんだ」と、バカみたいに突っ立っていた私に田原さんの声が飛ぶ。ここで死んだ人もいると聞いて、また振り返ってしまった。しばらくして大正池に映る穂高を見た。カメラを持って来なかったことを三人で悔やんでしまう。でも、青い空をバックに聳えるその姿は今もしっかり心の中に焼き付いている。今日の歩きもあと僅かと思う所まで来た時一本取る。山を見られるだけで満足感が湧いてくる。来て良かったと思う時、西穂から奥穂、前穂へと目を移していく。今頃、皆んなあの辺を必死で歩いているだろうなと、他の2名の方が話しているのを聞くと私もそこへ飛んで行きたくなってしまう。上高地の雰囲気の中に入るとすれ違うパーティの数が多くなる。雪の原に点々とウサギの足跡。自由気ままに駆け回るその姿を想像すると楽しい。
 陽溜まりの中に張られた三峰のテントに到着。やって来ましたヨとテントに話す。私も顔なじみになれたでしょうか。お茶でも入れようかなとカマ天の中を覗いてびっくり。入口を開け放し即、掃除を始める。一段落ついて第1回目の交信時間の後、田原さんにくっついてワカンの歩行練習に出かける。山本さんはテントに残って水作り。それほど雪が深いわけじゃないのにハアハアいってしまう。ワカンの具合もちょっと良くないな。何事も経験が実となっていくって感じがする。
 最後の交信で先発隊はまだ西穂の小屋にいる。ビールを用意しておいてくれと言われる。その言葉を疑いもせずサブザックを持って出かけようとした時、アレッ、皆んなが笑いながら帰ってきた。悔しいナアー。おめでとうとと言われて、あ、今日はお正月なんだと思いだす。今年もよろしくと皆んなにご挨拶。こうしてお正月を山の中で皆んなと一緒に過ごしているなんて、嘘のようでもあり、また嬉しく思った。鈴木モンちゃんという方にも初めてお会いできた。モンちゃんという愛称は絶対顔からきたものだとこの時は堅く信じてた私でした。
 夜、広瀬リーダーより明日は徳本峠へ行くと発表された。天候、時間等を考えても蝶ヶ岳が無理なことは私にもわかったけれど冬山を知らない私はやはりがっかりしてしまった。翌日、予想通り崩れている。後ろを播磨さんに守られる形で出発。途中でアイゼンが外れてしまいオーバーシューズで歩くことにする。誰かがバランスの練習になるなんて言っていたが私は冷や汗のかきっぱなし。他にもオーバーシューズの人はいたがやはりベテラン、少しも危なっかしくない。明神分岐で一本、軽く食事する。特に羊羹が美味だった。そこから少し歩いた所でワカンを付ける。道を外してラッセルの訓練をしながら進んで行く。それほど急登もなく雪も深くないけれど吹き溜まりの中に落ちたりすると大変だ。よく胸の辺りまでの雪の中をラッセルする話を聞くが想像するだけでとんでもないと言いたくなる。10メートルくらいならやってみたいと思うけど。雪がすっぽり丸太橋を隠した沢に出る。伊藤さんが道を付けてくれ私は2番めに渡ってしまったが、後の人ほど渡りにくくなり滑って踏み外した人もいたのを笑いながら見てる人もいた。そして再び峠を目指して進んで行くと雪崩の跡を残している場所に出合った。言われてみて初めて成る程という気がした。新雪雪崩の危険もある。私達は引き返したのでした。冬山で一番怖いものは雪崩かな。物足りなさは少し残ったけれど冬山一年生の私にはこれでよかったのかもしれない。
 分岐に戻り穂高神社で初詣、30円の中に全員でお祈りする。神様よろしく。小屋でお茶をいただき昼食、雪は絶えず降り続いている。火を囲み充分にくつろいで暖かさの中から再び風の中へ出発。帰路は別の道を行く。そこでこの日最後のラッセル訓練のような歩行に苦労する。もう十分ですと思った時、やっと雪が少なくなる。途中、木に群がる猿を見て皆んな歓声を上げる。エサを求めてこんな所まで降りてきたんだろう。テントの外で田原さんがお出迎え。一人でどっかを歩いてきたんだと言う。全員無事で何よりでした。夕食は岡田さんも加わり皆んな思い思いに語っていた。明日はもう下山。
 3日、朝から風と雪。タワシでテントの雪を落とす。江村さんに見送られて出発。前の人の足元だけを見て歩く。少しの下りもバランスに苦しんで進んで行く。雪崩っぽい所も無事に過ぎ、トンネルを二つ通り終えた頃、私は岡田さんと並んで歩き次の山行の話をしていた。冬山というものはあまり体験できなかったけど勉強になることは色々あった。この経験をまた次のものに結びつくように山を歩いていきたい。自然に見放されないよう頑張っていきたいと思います。


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