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随想 迷子さがし
宮坂 和秀

 まあ、まあ、この子ときたら外へ出たがって仕方がないのでございます。そりゃあ、本人とっては狭い所へ押し込まれているよりも広い天地を自由に飛び回る方がどれだけ楽しいか、それはよく分かるのですが皆様にご迷惑をおかけしますし絶対に外へ出てはいけないよと固く申しておりました。それが、一寸油断をした隙に驚喜したわめき声をたてながら出て行ったきり戻ってまいりません。親の私は心配のあまり千代女の句で有名な『とんぼ釣り、今日はどこまで行ったやら』というあの心境で辺りを見廻すのでございますが、あの親不孝な子は隠れたきりさっぱり姿を見せません。
 親というものはああいう子ほど、人様に笑われようと鼻つまみにされようと可愛いものですし、今でも悪く言うつもりはございません。三人兄弟のうちでは一番末の子ですが、本当に我儘一杯に育てたかも知れませんが、あのかわいい声と言い素っ頓狂な仕草とは皆様からそんなに悪く言われていないようでございますけれど、あの臭いだけは本当にご迷惑をお掛けしております。
 そうそう、申し遅れましたが三人兄弟の名前を申し上げますと、一番上が大キジ、二番が小キジ、末の子がカラキジと申しますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。このカラキジというのはご存知の通り山屋の諸君の呼ばれる通称であって、もともと本当の名前は我が国に於いては古代より「おなら」と呼ばれていたようである。おならの「お」はおからだ、おみあし等の敬称の意を表すものではなく「尾」の意味のようである。つまり、頭をかしらまたはかみ(上)と呼ぶのに対して、しりまたはしも(下)を尾と呼んでいたもので、人体の部分名称である。尾が鳴る、尾鳴らす、何とも微笑ましい日本人の発想ではないか。
 これに対して屁(へ)というのは外来語である。昔の日本人は現代の日本人と同じように外国語を使用して得々としていたのに違いない。中国より文字と共に輸入した読み方は「ヒ」としてあるが、現代の中国語によれば「ピー」である。恐らく諸君ご存知の音より来ているものと思われる。一発やらかすことを上に動詞をつけて「ファンピー」という。漢字で書けば何のことはない、放屁である。
 これは私の話ではないが、こんな話もあるからご披露しましょう。草津温泉のような熱い温泉では「湯もみ」といって、板を使ってよく撹拌してからさっと入り、何秒とか一定時間経ってさっと出るのだそうだが、あまりの熱さに我慢できずに一発、熱湯の中では一寸動いても熱いくらいだから大変、紅くなった皮膚のうち背骨付近に一条の灸痕がついて火傷したということである(村崎勝行氏、山岳漫談おならの足跡より)。
 兄貴の大キジ、小キジの話は大体汚らしい話なので省略させていただくが、やはり山岳漫談より一つ。
 キャンプに行った男、夜になって「大」をもよおしたので近くのヤブに潜り込んでキジを打った。いつもより柔らかめのヤツをこってりとやった筈だった。さぁ終了後点検に及んだが当該部分には廃棄物が見当たらない。そんな筈はないと乏しい光の懐電で付近を探したら、大キジに足が出てノコノコと歩いている最中であった。実はこの男、ガマの上にしゃがんでその背中にやってしまった訳で、ガマ君も温かいものが背中に乗ったのでさぞかしびっくりしたことだろう。


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