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槍ヶ岳(槍沢・山スキー)
岡部 整子

山行日 1981年5月29日~31日
メンバー (L)江村(真)、中村、岡部、川又

 5月も末、小雨そぼ降る中、調布インター近くにて江村(兄)さんの車を待つ。
 今回の山行は山スキーも兼ねている。槍ヶ岳はまだ一度も登っていないので楽しみでもあるが、スキーで滑り降りることには一抹の不安を覚える。スキーが無理なら足があるという風に自分に納得させての出発だ。メンバーは4人、ベテランの江村さん、今年山スキーに転向した中村さん、スキーはしないが自慢の足の持ち主川又君、そして私。
 5月28日の夜、調布インターを9時半に出発。塩尻市の江村さんの別宅に夜中到着。朝5時まで仮眠する。布団の上での贅沢な眠り。沢渡に6時半到着。車を停め、そこで偶然前輪のパンクを発見し小雨の中タイヤを交換する。
 7時20分、風強い上高地ターミナルに着く。うっ、さむ....。しっかり腹ごしらえをし8時過ぎ、スキーを各自ザックに付けて今日の幕場に向けて出発する。明神、徳沢、横尾と平坦な道を進み、11時近く横尾着。この頃になると天気も回復し気温も上昇し暑くなる。昼食を済ませ涸沢への道を分け、所々残雪を混じえる道を一の俣出合へと向かう。横尾からは我々以外の登山者と会うこともなく一の俣に着く。清流で手を洗い仲間たちの方を見やると先程より中村さんが「これ以上黒くなるとまずいから」と日焼け止めクリームのチューブを顔に押し付け塗り付けている。彼の塗り方は手抜きそのもので、塗り付けたらそのまま、絶対指で擦り込むことはしない。しかし、休憩毎に付けた努力が実りその効果があったのだから感心する。
 疲れが出てきたのか一の俣から幕場である旧槍沢小屋まではペースが遅れ気味。残雪に歩を進め14時25分幕場に着く。
 夕暮れの迫る中、テント傍の斜面にて足慣らしを兼ね、軽くスキーで滑ってみる。この時、今まで一度もスキー経験のない川又君が皆の勧めで初のスキー体験をする。夜、風は収まることなく吹付け、寝付きの悪い私を不安がらせる。
 明け方、心地よい眠りを惜しみつつ4時起床。天気は良。江村、中村の両氏がサブザックにスキーを付けている、私のみ今日は川又君に雨具などを持ってもらい、スキーのみを持っての登高となる。大曲まで肩でスキー板を担ぐ、重くそれに痛い。後でスキー板に紐を付け、その紐先を腰に巻きつけて板を引きずっての登高となる。見かけは悪がこの方が楽。槍の穂先が見えるまでの急斜面の前半は先行者のステップ通りに歩くが、途中より足跡が昨夜から明け方にかけて降った雪のために覆い隠されているため、トップの川又君がキックステップで登る。急登の後、露出している岩にて一休憩。振り返ると蝶ヶ岳、常念岳の残雪が混じる山並みが爽やかだ。
 そして、それにもましてその時の空の色は凄い。濃い青、ウルトラマリンともいうべき色だ。この場所に私のみスキーをデポする。ここよりアイゼンの音を小気味よく雪にきしませて登る。殺生ヒュッテを右に見て槍の肩までの急登にかかる。
 10時25分、槍ヶ岳山荘に着く。槍の穂先を見上げる、夏場なら子供でも登るという。江村さんのルート指示により穂先に取りかかる。風が時折強く吹く。場所によっては三点確保で登り、ホールドにあたる部分に雪が付いていたりして緊張する。途中、2ヶ所ほどピッケルで雪面にステップを切る。1ヶ所、川又君、中村さんと続き私の番になり、彼等のスタンス通りに登ろうとしたら足の長さが違う悲しさよ、なかなか届かずやっとの思いでそこを乗り越す。1時間後、念願の山頂に着く、嬉しい、しかし、風が強くまた固くなった「えびのしっぽ」が付いていた。我々4人山頂を独占し記念撮影。展望も良かったのだがそれより山頂に登り着けたことに感謝する。
 下りは登りとは逆に江村さんがトップ、慎重に降りる。登り降り共に1時間を要した。槍の肩に着きほっとする。30分の休憩の後、14時に槍沢下山を開始する。江村、中村の両氏がスキーを滑らす。午前中の予想では午後は雪が腐ると思ったが意外な寒さのために表面だけが凍るクラスト状になっていた。それに急斜面である。しかし、二人共さすがにスキーを乗りこなしている。私の方はスキーをデポしている所まで川又君と一緒に降りたのだが、これがまた厄介、雪に足を取られること度々。デポ地に着き長い休憩。この間勇気のない私の心は波打つ、江村さんの後ろからついて滑れば平気だという言葉でようやく滑り始める。斜滑降、キックターン。それを繰り返しリーダーのシュプールを追うようにして滑る。下では中村、川又君が待っている。表面が凍っているためスキーで滑る度に氷の破片が雪面をバラバラと音を立てて落ちるのが悪趣味ではあるが面白かった。面白いのはいいがこの私、限りなく横に近い斜滑降になってしまう。他の三人が待ちくたびれる訳である。ところで足組の川又君であるが彼のサブザックの背には何と4本ものピッケルがくくり付けてあるのだ。メンバー全員のピッケル、ご苦労さんである。テント場に着いたのが18時、これ全て私が因をなしている。見捨てなかったメンバーたちに感謝する。
 3日目、天気良、5時起床、テント場を発ち二の俣の吊橋に着く。この吊橋、丸太が縦に渡してあるヶ所のみ濡れていて滑るのなんのって四人共苦労させられる。徳沢では軽い昼食を摂り上高地に着く。車で中の湯に行き3日間の汗を流す。
 この3日間、スキーにしても登山にしても目新しいことばかり、また天候にも恵まれた山行だった。それぞれの胸に思い出を持って一路東京へ向かう車の中で私は幸せ気分に浸っていたのだった。


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